SFミステリー小説:永遠の秘密
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第四章:ターゲット発見(1)
七月になって最初の土曜日、真中しずえ(まなか・しずえ)と空木カンナ(うつぎ・かんな)は、この年の夏休みの自由研究のためのプロジェクトのヒントを探しに、科学クラブの顧問であり六年三組の担任でもある池田勇太(いけだ・ゆうた)と一緒に、C県にある某大学の研究室に来ていた。
池田勇太はこの大学の理学部の卒業生である。その研究室には大学時代にお世話になった先輩がいたことから、池田勇太はこれまでにも真中しずえと空木カンナを連れて何回かそこに行ったことがあった。
その大学の敷地は真中しずえと空木カンナが通っていた小学校よりもずっと広く、建物もたくさんたっていた。しかも、その先輩がいる研究室がある建物は、池田勇太が卒業してからできたものだったため、池田勇太でさえその建物の中では迷子になってしまいそうだった。
実際に、一年前にその研究室を訪れたときには、池田勇太が建物の中で道に迷ってしまったので、約束していた時間に遅れてしまった。
そのため、この日は約束の時間よりも三十分も早く大学に到着することにした。しかし、そんなときに限って道に迷うこともなく目的の研究室にたどり着いたので、池田勇太の先輩は「え、もう来たの?」と三人を廊下で見かけたときに驚いていた。
「ちょっと早く着きすぎちゃいました。すみません。今は実験中ですよね?近くのベンチで座って待ってますので、約束の時間になったらまた来ます」と池田勇太が言うと、「いやいや大丈夫だよ。よく来てくれたね。楽しみにしていたよ」とにこやかに返事をして快く研究室の中に三人を迎(むか)え入れてくれた。
その先輩の名前は冬木浩二(ふゆき・こうじ)。彼は池田勇太の一つ上の先輩で、この三月に博士号の学位を取得して四月からは助教として働いていた。
研究室に中にある小さな会議室まで連れてきてもらって、池田勇太・真中しずえ・空木カンナは、テーブルを挟んで冬木浩二の向かい側に座った。
「改めて今日はよろしくお願いします」と、池田勇太は少しかしこまって挨拶をする。それに続いて、真中しずえと空木カンナも「よろしくお願いします」と少し腰を浮かしてお辞儀をした。
「そんな改まらなくてもいいよ」と、冬木浩二は笑顔で答え、続けて「君たち二人には去年の今頃にも遊びに来てくれたよね。僕のことは覚えているかな?」と真中しずえと空木カンナに聞いた。
「はい、もちろんです」と真中しずえははっきりとした口調で答え、その後に空木カンナも「昨年はお世話になりました。今日もお忙しいところ、お時間をいただきどうもありがとうございます」と少し大人びた表現を使って冬木浩二の質問に答えた。
「ははは、君たちは相変わらずしっかりしてるね。勇太よりもずっと大人っぽい。今の小学生はみんなこういう感じなのかな」と二人に話しかけると、横から池田勇太が「この子たちは特にしっかりしてるんですよ。みんながこんな感じだと、俺が教えることはなくなっちゃいますから」と笑いながら会話に入ってきた。
「そうだね。この子たちの去年の自由研究は素晴らしかったね。今だから言えるんだけど、あの自由研究を読んだとき、僕はちょっとショックだったんだよね。小学五年生であそこまでしっかりとした実験レポートが書けるのに、僕はなんで自分の博士論文がきちんと書けないんだろうかって。」
すると池田勇太は、「博士論文を書くのって、やっぱり大変だったんでしょうか?」と質問をした。「うん、そうだね。今だから言えることなんだけど、博士論文を書いているときは、自分はなんでこんなにダメなんだろうと思うことが何回もあったよ」と冬木浩二は答える。
「そうだったんですね。でも、博士号おめでとうございます。冬木先輩なら絶対大丈夫だと思ってました」と、池田勇太が言うと、「ありがとう。おっと、こんな話は君たちにはつまらなかったかな。ごめんよ」と、冬木浩二は真中しずえと空木カンナの方を向いて言った。
しかし、真中しずえは、全然そんなことないですという風に首を激しく横に振り、「博士号のことをもっと教えてもらってもいいですか?私も将来は研究者になりたいんです」と逆にその話題についてもっと知りたいということを言ってきた。
「そうか、君は将来は研究者になりたいんだったね。去年会ったときもそういうことを言ってたっけ。」
「はい。今も、というか、今は去年よりも研究者になりたいという思いが強くなっています。」
「若い子が研究者になることを目指してると聞くのは嬉しいことだね。まあ、去年もちょっと言ったかもしれないけど、博士号を取るには大学院に進まないといけないんだ。」
「はい、覚えています。大学に入って、そこで四年間勉強をしてから、大学院に進むんですよね。」
「うん。大学院はね、最初の二年間と次の三年間に分けられるんだ。」
「最初の二年で修士号がとれて、次の三年間が終われば博士号をもらえるんですよね。あ、もちろん医学部とか獣医学部とか例外もあるというのも覚えています。」
「ははは、よく覚えているね。」
「それで、博士号を取るのはやっぱり大変なんでしょうか?」
冬木浩二は口元に笑みを浮かべて、「君たちみたいに優秀なら簡単かもしれないけど」と前置きをした上で、「一般的には博士号を取るのは難しいね。博士号を取るには、各自が自分独自の新しい研究プロジェクトを完成させて博士論文としてレポートを書き上げないといけない。君たちが書いた自由研究のレポートみたいなものだけど、分量はもっと多い。百ページを超えることもよくある」と、真中しずえと空木カンナの目をしっかりと見ながら話を続けた。
「それにね、博士論文のための研究プロジェクトは、みんながわかってることをやってもダメなんだ。世界で誰も知らない何かを発見しないといけない。だから、頑張って自分の研究プロジェクトをやっていても、新しい実験データがとれないと博士号は取れない。これは僕の先生の受け売りだけどね、『博士号は努力賞ではない』、ということなんだよね。」
少し重苦しい雰囲気がその場を支配したが、そんな空気をものともせずに池田勇太が明るい声で話し始めた。
「あ、そうだ。忘れる前に」と言いながら、池田勇太は自分のカバンからお土産のお菓子の詰め合わせを出した。「これ、研究室のみなさんで食べてください。あ、それと、こちらは博士号のお祝いです」と包装紙で包まれた小さな箱を渡した。お祝いのプレゼントをもらえるとは思っていなかったらしく、冬木浩二は少し驚いた様子だった。
「わざわざ悪いね。で、これは何だろう。開けていい?」
「もちろんです。気に入ってくれれば嬉しいんですが・・・。」
几帳面な性格らしく冬木浩二は包装紙を丁寧にはがし、中の箱を開けた。それは万年筆だった。
「おお、万年筆じゃないか。これパイロットの『カスタム74』だな。」
「ええ、去年お会いしたときに万年筆のことを先輩が話していましたので、もしかしたら気に入ってくれるかな、と。」
「すごいな。これ本当にもらっていいのか?」
「もちろんですよ。」
「君もさすが社会人だな。こういう細かなことにまで気が利くようになるとは。昔の君からは想像もできないよ。俺もこの三月でようやく学生を終えて、この四月からは社会人だ。君のこういうところは見習っていかないと。」
「いえいえそんな・・・」と、池田勇太が言ってる横から真中しずえが、「先生、ほんとのことを言わなくていいんですか?ちょっとずるいですよ」と小声で話しかけてきた。でも、その声は冬木浩二の耳にもきちんと届いたようで、「真中さん、本当のことって?」と聞いてきた。
すると観念した様に池田勇太は、「ははは。実はこのお土産のお菓子も先輩への万年筆のお祝いも、全部こっちの空木が考えたことなんです。手ぶらで研究室に行ったら失礼ですよ、って。しかも、先輩が博士号をとることも万年筆が好きなことも覚えていて、この万年筆も彼女が選んでくれたんです。いやはやお恥ずかしい」と頭をポリポリとかきながら説明した。
「そうですよ、先生。もう社会人も長いんですからしっかりしてください」と真中しずえに問い詰められて、その場にいたみんなは、池田勇太を除いて楽しそうに笑った。それを見て池田勇太は、苦笑いをするしかなかった。
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