SFミステリー小説:永遠の秘密



SFミステリー小説:永遠の秘密

最終章:右目と名前(1)

夏休みも半分くらいが終わったある日のこと、科学探偵クラブのみんなはC県の中の山深い古民家に来ていた。

ここは保健室の先生である立花美香(たちばな・みか)が、「もう誰も使っていないから」という理由で遠い親戚から譲り受けた古民家だった。

その場所は、真中しずえ達の学校から車で三時間ほどの場所にあった。持ち主の立花美香は、この古民家をもらったときから週末や長期の休みのたびに車でここに来て、傷んでいる場所を直したり、掃除をしたり、庭を整備したりして、一年間くらいかけて人が住める状態にまでしたらしい。

一階部分には、居間と台所、それに大きな寝室が一つあり、階段をあがった二階には少し小さめの寝室が二つあるが、そのうちの一つは今は物置として使われているとのことだった。

また、お風呂は一階にあり、トイレは一階と二階に一つずつあるが、二階にあるトイレは古くて小さいので立花美香はほとんど使っていないと言っていた。

***

その日の朝、科学探偵クラブのみんなは、車二台で立花美香の『別荘』へと向かうため学校に集まっていた。

今回集まったメンバーは、真中しずえ(まなか・しずえ)と、彼女に半ば強引に科学探偵クラブに入れられた、空木カンナ(うつぎ・かんな)・相葉由紀(あいば・ゆき)・沢木キョウ(さわぎ・きょう)・田中洋一(たなか・よういち)・羽加瀬信太(はかせ・しんた)の6人の子どもたちである。

表向きは、学校の公式なクラブ活動である科学クラブの夏の合宿という名目であったため、その引率者の先生として、科学クラブの顧問であり彼ら彼女らの担任の先生でもある池田勇太(いけだ・ゆうた)も参加することになった。

二台の車の運転手は立花美香と池田勇太だったが、子どもたちはみんな立花美香の車に乗りたがり、どのような組み合わせで車に乗るかで少しもめた。

結局、真中しずえが「男女別にしようよ!」という提案をし、その案に田中洋一は最後まで抵抗したが、結局は真中しずえたち女性陣に押し切られ、男女分かれて立花美香と池田勇太の車に乗り込むことになった。

田中洋一は「僕らは無事に目的地に着くんだろうか」と本気で心配している様子だったが、この日のために新しいカーナビを購入したという池田勇太は、そのカーナビを見せびらかしながら「これがあればどんな道でも迷うことがないぞ」と、ガッハッハと笑った。

その様子を見た田中洋一はますます不安になったが、同じく心配そうな顔をしている羽加瀬信太に「もう、あきらめるしかないよ。きっといつかは立花先生の別荘に辿り着くと思うから」と元気のない様子で言われ、しぶしぶ池田勇太の車に乗った。

沢木キョウは特に不安げな様子は見せずに静かに助手席に乗り込んだ。しかし、その手には色々と目印が書かれた地図があった。自分が池田勇太の車に乗ることになっても大丈夫なように、あらかじめ立花美香に学校から別荘までの道筋を聞いていたようだった。

一方で、可愛らしいピンク色の車に乗り込んだ女の子たちは、男の子たちとは正反対の様子で、みんな明るい表情をして楽しく会話をしていた。

助手席に乗った真中しずえは、車が動き始める前から自分の旅行カバンからお菓子を取り出し、みんなと一緒に食べ始めていた。その楽しげな様子を、くすんだ緑色の中古車の後部座席から見ていた田中洋一は、自分が男であることを恨めしく思っていた。

***

立花美香の『別荘』に着いたとき、「わー、すごーい、自然がいっぱい!」と、いつものように真中しずえは明るい大きな声で、そう大げさに喜んだ。

空木カンナと相葉由紀も、そこでの美味しい空気にとても感動している様子だった。予想通り池田勇太は道に迷っているようだったので、男性陣の到着を待っている間、立花美香は自分がリノベーションした古民家の中や、きれいに整備した庭を真中しずえたちに見せて回っていた。

「家の中とてもオシャレですね」と真中しずえが言い、「外観は昔の建物っぽいのに、中身はきれいで新しくてすごい住みやすそうです」と空木カンナが続いた。

普段は物静かな相葉由紀も、この日は非日常に触れて興奮していたのか、部屋の中や庭の様子について色々と立花美香に質問をしていた。そんな興奮している子どもたちを、立花美香はいつものように上品な笑顔で優しく眺めていた。

立花美香たちが到着してから四十分ほどが経過したころ、オンボロ中古車らしい頼りないエンジン音を響かせながら、ようやく池田勇太が運転するオンボロ中古車が『別荘』にたどり着いた。

「いや〜すみません。道が混んでいて」と、その場にいる誰が聞いてもウソだとわかる言い訳をしながらも、ご機嫌な表情をして池田勇太が車から降りてきた。そして、今回寝泊まりをすることになる古民家の方をチラっと見てから、立花美香の方を向いて「おお、これは素晴らしいお家ですね。この古さがたまりません」と大げさに褒めた。

しかし、横から「先生、古いっていうことを強調すると失礼ですよ」と空木カンナから冷静なツッコミを受けると、両手をあたふたと顔の前で振りながら「いや、そんなつもりはないんです、美香先生。歴史ある素晴らしい邸宅ですと言いたかっただけなんです」と慌てて言い直した。

真中しずえは、車から降りてくる田中洋一のところに行き、「楽しいドライブだった?」とちょっと意地悪そうな笑顔で聞いてきた。「わかってて聞いてるね」と、田中洋一はちょっと不満げに答えたが、車を降りて周囲を眺めたら、そんな不機嫌な気持ちはあっという間にどこかに吹き飛んだようで、「うわー、ここすごいところだね。こんなところで科学探偵クラブの合宿ができるなんてすごいや」と、この日一番の嬉しそうな表情で真中しずえに話しかけた。

「ね、科学探偵クラブに入れてよかったでしょ?感謝してる?」
 「うん、もちろん。ありがとう!」

真中しずえがそうやって上から目線で偉そうに言ってくると、田中洋一はいつもは少し皮肉っぽい言い方で返答するのだが、このときばかりは素直に真中しずえに感謝の気持ちを伝えた。

羽加瀬信太も車から降りた時はゾンビのような表情で疲れ切っていたが、田中洋一と同じように『別荘』の様子を見て急に元気になった。特に、その古民家から少し離れた場所に置かれていたキャンピングカーを見つけたときは、そこに向かって走り出し、「すごい、キャンピングカーだ。うわーいいなー」と独り言をいいながら、その車の回りを何周も歩いていた。

その様子に気づいた立花美香が近づいてきて「キャンピングカーが好きなの?」と聞くと、「はい。キャンピングカーで旅行に行くのが夢なんです」と少し照れながら答えた。

「中に入ってみたい?」と聞かれ、「え、この車の中に入ってもいいんですか?」と大きな声で返事をすると、その声に気がついた真中しずえが「そのキャンピングカーの中に入るの?私も中を見てみたい!」とみんなに聞こえる声で言ったので、みんながキャンピングカーの周りに集まることとなった。

「キャンピングカーの中は狭いから、みんなで一緒には入れないわね。私が中に入って説明するから、一人ずつ順番に入ってもらいましょうか。あ、でも靴は脱いで入ってくださいね。土足禁止なので」と優しい口調で説明をしてから、車に乗り込むステップのところで靴を脱いで立花美香はキャンピングカーの中に入っていった。

キャンピングカーの中に入る順番は羽加瀬信太がトップバッターで、あとはジャンケンで決めたので特にもめることはなかった。でも、池田勇太はジャンケンに混ぜてもらえず、最後にキャンピングカーに入ることとなった。

立花美香のキャンピングカーには、テーブルやソファーだけではなく、小さいながらも台所やシャワー・トイレもついていた。みんながキャンピングカーの中を見学したあと、まだ興奮が収まらない様子の羽加瀬信太が、「立花先生はこのキャンピングカーでどういうところに旅行に行ってるんですか?」と聞いてきた。

すると立花美香は、視線を空に移して少し考えてから、「そうね、この車とはいろんなところに旅行にいったわね。北海道にも行ったし、九州にも行ったことがあるわ」と答えた。

「一人で旅行に行くんですか?」と、真中しずえは続けて質問した。

「ええ、一人でよ。このキャンピングカーは寝るスペースが二人分あるので、誰か一緒にいってくれる人がいるといいんだけどね」と、少し含みのある微笑みを浮かべながら答えた。池田勇太が何か言いたそうだったが、それには気づかないふりをして立花美香が話を続けた。

「でもね、一人での旅行もいいものなのよ。自分のペースで自分の好きなところに自分が好きなだけいられるの。しかも、キャンピングカーだと泊まる場所も自分で選べるのよ。誰もいない湖のほとりで、一人でゆったりとコーヒーを飲みながら沈んでいく太陽を眺めている時間は何事にも代えられないわ。それにね、そういう場所は夜になると星がすごくきれいなの。都会のネオンに邪魔されずに天体観測をしたときの感動は今もはっきりと覚えているの。」

すると今度は相葉由紀が立花美香に質問をした。

「もしかして立花先生って天体望遠鏡を持っていたりしますか?」
 「ええ、もちろんよ。このキャンピングカーで旅行するときはいつも持っていってるわ。」
 「わーすごい。写真とかも撮るんですか?」
 「そうね、写真を撮ることもあるけど、やっぱり直接自分の目で見る方が好きね。相葉さんは星を見るのが好きなの?」
 「本を読んでると、ときどき『輝く星空』という表現を目にすることがあるんです。だから、一度は自分でもそういう光景を見たいなと思っていたんです。」
 「そうなのね。輝く星空とまではいかないけど、ここもあなたたちが住んでいる場所よりもずっと星がきれいに見えるわ。夜になるのを楽しみにしていてね。」
 「ほんとですか!?」
 「ええ、ほんとよ。それにね、このキャンビングカー、寝る場所が運転席の上にあるでしょ。その天井はガラス張りになってるの。夜なんかは星空を見ながら眠ることができるわよ。」
 「そうなんですね。いいなー。私もそういうところで寝てみたい。」
 「寝てみる?」

「え、いいんですか?」と、その質問に相葉由紀が答える前に、横から真中しずえが聞いてきた。「ええ、もちろんよ。実はね、寝る場所をどうするかで少し悩んでいたの」と立花美香は答えた。

「もしかして男子は外でテントを張って、そこで寝るとかということですか?いや、もしかしてテントすら人数分がなかったりするんでしょうか。」と、田中洋一が少し不安そうに聞いた。

「ふふふ、違うわよ。ちゃんとみんな屋根のある場所で寝てもらうつもりですよ。女の子たちにはさっき家の中も見せたんだけど、寝室は一階と二階に一つずつあるの。一階の寝室は少し大きめだから、五人までなら全然大丈夫なの。でも、二階の寝室は三人が寝たらもうスペースがないの。」

「男女別の部屋にした方がいいと思うので、どういう組み合わせにするか少し悩みますね」と沢木キョウが言うと、「えっと、どういうことだ。男は俺と田中、沢木、羽加瀬の四人か。で、女性陣も・・・四人か。で、五人の寝室と三人の寝室しかないないのか。なるほど、それは難しいな」と、ようやく状況を理解した池田勇太が「う〜む」と腕組みをしながら考え始めた。

すると、「池田先生は自分の車で寝ればいいと思います!」と、授業で手を挙げて質問に答えるような素振りで真中しずえは明るく言った。

「賛成!」とみんな口々に答え、「お、おいおい、ちょっと待て。それはないだろう・・・」と焦りながら池田勇太が言うと、「ふふ、池田先生、心配なさらなくても大丈夫ですよ」と優しく言った。そして、続けて「悩んだ結果、私としては、男性の皆さまに一階の寝室で寝てもらって、女性陣は私ともう一人がキャンピングカーに、残りの二人が二階の寝室に寝る、というのが良いのではないかと思っていますの」と、みんなの方を向いてそう提案した。

「それは良いアイデアですね。この合宿は三泊四日だから、私たち女の子は一日交代でキャンピングカーで寝ることにしましょう」と、空木カンナは、真中しずえと相葉由紀の方を向いていった。「わー、キャンピングカーで寝れるなんて幸せ」と相葉由紀が喜んだ。真中しずえも、「立花先生、本当にいいんですか?」と喜びを隠しきれない表情で立花美香に聞いた。

「ええ、もちろんよ。よかった、みんなキャンピングカーで寝ることに賛成してくれて」とホッとした様子の立花美香の横で、自分たちはキャンピングカーで寝れないということを知って、田中洋一と羽加瀬信太は心底残念そうな顔をしていた。

「さて、みんなお腹もすいたでしょうから。お弁当の時間にしましょうか。みんなきちんとお弁当は持ってきた?」と、夜にみんなが寝る場所が決まって一安心した立花美香が、みんなの方を向いてそう言った。

「はーい」とみんなは元気よく答えたが、池田勇太だけは「あ、しまった」という顔をした。その表情に目ざとく気がついた真中しずえが、「池田先生、もしかしてお弁当持ってこなかったんですか?立花先生が『最初の日は到着するのはお昼ごろだから、みんなお弁当を持ってきましょうね』って言ってたじゃないですか。もう、しっかりしてくださいよ。一応はこの合宿の引率の先生なんですから」と呆れた顔で池田勇太に話しかけた。

「『一応』ってなんだ」と言いたそうだったが、お弁当を忘れたのは事実だったので池田勇太は何も言い返せずにいた。

「あらあら、池田先生、お弁当をお持ちになっていないのですか?」
 「え、あ、はい。すみません。引率の教師として注意すべき点はないかということをずっと考えていたら、お弁当を持ってくるのをすっかり忘れてしまいました。いや面目ない。」

「嘘ばっかり。遊びのことしか考えていなかったくせに」と、真中しずえは小さな声で空木カンナと相葉由紀に言うと、二人とも微笑みを真中しずえに返した。

「池田先生って、すごく教育熱心なのですね。」
 「いえいえそんな。」
 「池田先生のお昼ご飯ですが、この家には、非常用にインスタントラーメンとかを置いてありますの。それでもよろしいでしょうか。」
 「え、いいんですか?ありがとうございます。いやー嬉しいなー。自然の中でのインスタントラーメンって、すごく美味しく感じられるんですよね。いや、立花先生と一緒に食べられるなら、どんなご飯でも美味しいですよ!」

ガッハッハと笑いながら上機嫌な様子の池田勇太を、科学探偵クラブの全員が冷めた目で見ていた。

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