SFミステリー小説:永遠の秘密



SFミステリー小説:永遠の秘密

最終章:右目と名前(2)

みんながお弁当を食べたあと、男性陣は一階の寝室に、女性陣は二階の寝室にそれぞれ自分の荷物を運んだ。

その後で、再び池田勇太と立花美香の車に男女別に別れて乗り込み、車で一時間ほどの距離にあるショッピングセンターにみんなで買い物に行った。そこで料理の材料を大量に購入し、立花美香の『別荘』に戻ってきたときは、すでに夕方の五時を過ぎていた。

「さっきお昼ご飯を食べたばっかりな気がするけど、もうお腹が空いてきちゃったよ」と田中洋一は言うと、沢木キョウは「ショッピングセンターでたくさん歩いたからね。あ、そうだ、さっき立花先生が言ってたけど、今日の夜はみんなでカレーを作るんだって。池田先生じゃないけど、この大自然の中で食べるカレーはすごく美味しいと思うよ」とにこやかに返してきた。

沢木キョウは普段は冷静であまり感情を表に出さないタイプだが、やはり彼もこの合宿は楽しい様子だった。そんな沢木キョウの嬉しそうな表情をみて、田中洋一は改めて科学探偵クラブに入ってよかったなと思った。

カレーライスを作ったのは主に女性陣だった。男性の中で料理の手伝いをしたのは沢木キョウだけで、他の男性陣は何をすればよいのかわからず、ただウロウロと女性陣が料理をしているそばを歩きまわるだけだった。

真中しずえが「使えない男子たちね。沢木君をちょっとは見習ったらどう?」と言うと、「そうだぞ」と自分も料理に加わっていないのに偉そうに池田勇太が言ったが、立花美香がチラッと池田勇太の方を見ると目を逸らしながらカレー鍋の中を覗き込んだりしてた。

ご飯が炊き上がりカレーライスができると、庭に置いてある木製のダイニングテーブルにテーブルクロスを敷いて、みんなで外で夕ご飯を食べた。

「おいしい!」と田中洋一が言うと、「でしょー」と真中しずえはすぐに答えた。「いや〜、美味しいですね。立花先生は料理も素晴らしいんですね」と締まりのない顔で池田勇太が言うと、空木カンナが「料理くらいできないと立花先生に嫌われますよ」と冷静なツッコミをいれた。

普段はあまり喋らない相葉由紀も、この日は積極的に会話に参加していて「沢木君はアメリカから引っ越してきたんだよね。アメリカだとカレーは食べないの?」というような質問を隣に座っていた沢木キョウに聞いていたりしていた。

ご飯を食べ終わったあと、みんなで後片付けを終えた頃には日も完全に沈み、木々に囲まれた立花美香の『別荘』の周りは真っ暗になっていた。

羽加瀬信太がふと上の方を見上げると、「すごい、星がきれいだよ!」と興奮した様子でみんなに伝えた。

科学探偵クラブの子どもたちが口々に、「あれが北極星かな」「北斗七星が見えた」「あれ、天の川だよね。こんなにきれいに見えたのはじめて」と感動の声をあげていると、立花美香が家の中から天体望遠鏡を持ってきて設置し、ちょっとした天体観測ショーが始まった。

天体観測ショーのあいだ、一人ずつ順番にシャワーを浴び、最後に立花美香を残すだけになったころには、時計の針は夜の九時半を回っていた。

「じゃあ、そろそろみんな寝ましょうか」と立花美香が言うと、「えー、立花先生がシャワー終わるまではもう少しだけ起きていてもいいですか?」と、まだまだ遊び足りないといった様子で、真中しずえが聞いてきた。

しかし、立花美香は「明日もたくさん遊べるから心配しなくていいのよ。夜更かしして朝起きるのが遅くなっちゃうほうがもったいないわよ」と優しく諭したので、普段は自分の意見に固執しがちな真中しずえも、「そうですね。わかりました」と大人しく引き下がった。

みんなが寝る準備をするために家の中に入ろうとしたとき、「でも、立花先生はまだシャワー終わってないですよね。先にシャワーを使ってしまってすみません」と、相葉由紀が言ってきた。

「あら、お気遣いありがとう。でも大丈夫よ。私はキャンピングカーでシャワーを浴びるから。」
 「あ、そうなんですね。キャンピングカーってすごいですね。」
 「ええ、自分のお家が移動する感じね。そうだ、今日は相葉さんがキャンピングカーで寝る日なのよね、じゃあ、寝るための荷物と歯ブラシを持っていらっしゃい。私がシャワーを浴びているとき、運転席の上のベッドから夜空を見ているといいわ。」
 「わー、いいんですか?うれしいです。」

真中しずえと空木カンナは、「立花先生、由紀ちゃん、おやすみなさい」と、キャンピングカーに乗り込む二人に明るい声で声をかけて、そのまま二人で楽しそうに会話をしながら二階の寝室へと入っていった。残された男性陣は、沢木キョウを除き、みんなちょっと残念そうな表情をしていた。

***

次の日の朝、池田勇太を除いたみんなは庭に出て、まだひんやりとする空気の中、立花美香の『別荘』の周りを散策していた。

「みんな、おはよう。よく眠れた?」と聞く立花美香に、女性陣はみんな「はい。とってもよく眠れました」と答えたが、田中洋一と羽加瀬信太は「眠れたには眠れたんですが、池田先生の寝言とか歯ぎしりとかがひどくて・・・」と少し暗い顔をしていた。

でも、そんな暗い表情も、立花美香が持ってきたコップに入った水を飲んだら、さっと吹き飛んでしまった。「おいしい、この水はなんですか?」と驚いて田中洋一が聞くと、立花美香は「あそこの井戸からくんだ水よ。冷たくておいしいでしょ。水質検査はきちんとしているから安全よ。心配しないでね」と、庭のすみの方を指差しながらそう答えた。

みんなが井戸の水を飲んでいるとき、空木カンナが沢木キョウに、「沢木君はよく眠れたの?田中君と羽加瀬君はあんまり眠れなかったようだけど」と話しかけていた。その質問に沢木キョウは、「念のため耳栓を持ってきていたからね。大丈夫だったよ。でも、虫の声を聞きながら眠りに落ちたかったから、ちょっと残念ではあるんだけどね」と、いつもように冷静な表情でそう答えていた。

その横では、真中しずえが「キャンピングカーはどうだった?」と相葉由紀に聞いていた。「すごかったよ。星はきれいだし、ベッドもふかふかだし、車で寝てるなんて感じじゃ全然なかったの」と、興奮した声で、相葉由紀はそう答えた。そして、少し声のトーンを落として「それとね、これは男の子たちには内緒なんだけど、昨日寝るまえに立花先生と一緒にキャンピングカーのソファーに座って小さなスイーツを食べたの。とっても美味しかった。今日の夜と明日の夜の分もちゃんと準備してくれてるから、三日目の夜に真中さんがキャンピングカーで寝るときも、スイーツを出してくれると思うよ。もうほんとに夢のようだった」と言った。ひそひそ声にもかかわらず、相葉由紀の幸せそうな様子が真中しずえにはとてもよく感じられた。

そんな朝のさわやかなひと時は、「おーみんな起きてるのか。腹減ったな。ご飯の準備でもしようか」という池田勇太の寝起きの声で終わりになった。「やれやれ」という表情でみんなはお互いの顔を見たが、それでも、人里はなれて自然に囲まれた場所で、みんなで朝ごはんの準備をして鳥のさえずりを聞きながら朝食を取るという行動は、みんなをより一層元気なものにしてくれた。

この日も、全てのアクティビティが子どもたちの五感全てを刺激した。

緑に囲まれていたためか、目に見えるものは、いつもよりも遠くまでくっきりと見える気がした。また、鳥や虫のさえずりだけでなく、風にゆらめく木々の音もはっきりと聞こえ、ものを触ったときの感覚や口にしたものの味やにおいもいつもとは違って感じられた。

そんな話をお昼ごはんのオニギリを食べているときにしていると、空木カンナがみんなに「ねえ、せっかくだから、この合宿中は電子機器を使うのをやめない?」と提案をした。

「どういうこと?」と沢木キョウが聞くと、「みんなゲーム機は持ってきていないと思うんだけど、携帯電話とかはもってきてるよね。それに先生たちはパソコンとかも持ってきてると思うの。あと、テレビ・ラジオは家の中にあるよね。でも、せっかく自然の中にいるんだから、そういう電子機器を使うのはやめてみると面白いかな、と思ってるの。そうしたら、私たちの五感はもっと鋭くなるかもよ」と空木カンナが答えた。

「なるほど、それは面白いかもね。でも、デジカメで写真は撮りたいかなってちょっと思うけど」と沢木キョウが言った。

すると、「写真くらいはいいんじゃない。でも、携帯電話とかパソコンは禁止にしようよ。それにテレビも見ないでいいと私は思うな」と真中しずえが言い、子どもたちはみんな「賛成!」と手を挙げた。

池田勇太は「それはちょっと困るかも・・・」というようなことを言いたそうだったが、立花美香がみんなに賛同したので、池田勇太もしぶしぶながら、空木カンナの提案に乗ることになった。

そして、「じゃあ、みんなの携帯電話は言い出しっぺのカンナに預けましょうか。先生たちもそれでいいですか?」と、いつものように真中しずえが仕切り始めた。

立花美香は「もちろんよ。よろしくね、空木さん」と言ったが、池田勇太は「やっぱり携帯電話が近くにないのは不安だな。電源入れないから自分のは俺が持っていてもいいか?」と聞いてきた。

しかし、「ダメです。みんなで決めたことなので従ってください」と真中しずえに言われ、立花美香にも「池田先生、もしかして少し携帯電話依存ですか?ここは空木さんの提案どおり、携帯電話から距離を置くのが精神的にも良いかもしれませんわ」と言われてしまった。

結局、池田勇太の携帯電話を含め、その合宿にもってきた携帯電話は全て空木カンナが預かることになった。とは言っても、大人の二人をのぞき、科学探偵クラブの中で携帯電話を持ってきたのは真中しずえと沢木キョウだけだったのだが。

***

その日の夜は、バーベキューでお肉と野菜を焼いて食べることになった。立花美香の『別荘』には、バーベキューグリルが設置されていたので、火を起こすのも、そこで食材を焼くのも簡単だった。

しかし、「それだけだと味気ないから」という理由で、バーベキューグリルから少し離れた場所に、レンガを積んで簡易のバーベキュー台をつくり、薪で火を起こして、お肉を焼いたりもした。

意外なことに、火を起こしたり、その火を管理したりするのが得意だったのは、アウトドア系とは縁がないように思われた相葉由紀と羽加瀬信太の二人だった。その二人も、種火を作ったり薪に火をつけたりするのは始めてだったが、本を読んで覚えた知識を使って、安定した大きな火をつくることができていた。

「おお、すごいじゃないか二人とも」と池田勇太が感心して言うと、「本で読んだとおりにやっただけですけど、うまくいきました」と嬉しそうな表情で相葉由紀は答えた。

レンガで作ったバーベキュー台から少し離れたところにまとめて置いてあった松ぼっくりに気づいた田中洋一が「これ、なんでこんなところに集めてるの?」と聞いてくると、「松ぼっくりは、その形から火がつきやすいって聞いたことがあるから試してみたの。松ヤニっていう油脂も火を起こすのに役立つんだって。本当にそうだったよ」と少し興奮した様子で羽加瀬信太は答えた。「へー、羽加瀬君って物知りなんだね」と言われると、学校では見たことのない明るい表情で「たまたま知ってただけだよ。でも、こういうのってすごく面白いね」と田中洋一との会話を楽しんでいた。

その日の夕食となるバーベキュー・パーティーだけでなく、合宿三日目となる翌日も、参加した科学探偵クラブの子どもたちにとっては夢のような時間であった。みんな朝早くから起きてきて、昆虫採集をしたり、別荘の敷地にある小さな池にいる生き物を観察したりした。また、午後には、近くを流れる小川まで歩いていって、魚釣りを楽しんだりもした。

しかし、その幸福な時間は、三日目の夜、空木カンナがシャワーを浴びているときに前触れなく終わりを迎えることになってしまった。

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