SFミステリー小説:永遠の秘密
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最終章:右目と名前(3)
「今日も楽しかったね。私、魚釣りは初めてだった」と、シャワーを終えてまだ濡れている髪を拭いている真中しずえが、そう相葉由紀に話しかけた。
相葉由紀は真中しずえの前にシャワーを終えていて、井戸からくんできた冷たい水をコップにいれて飲んでいた。さっぱりした二人がソファーに座って話している横で、田中洋一ら男の子たちはカードゲームのUNOで遊んでいた。
今は空木カンナがシャワーを浴びていて、そのあとで田中洋一、羽加瀬信太、沢木キョウの順にシャワーを浴びることになっていた。池田勇太は沢木キョウが終わってから最後にシャワーを浴びることになっていたため、沢木キョウの地図を使って、立花美香に翌日の帰り道の運転についてアドバイスを求めていた。
シャワーの音が止まったのに気づいた田中洋一が、「あ、そろそろ僕のシャワーの番だ。これが最後のゲームになるかな」と言いながらUNOのカードをシャッフルしていた。しかし、そのゲームは、沢木キョウと羽加瀬信太がさくっと勝ってしまったので、「空木さんがまだ戻ってきてないから、もう一回」と悔しそうに再びカードをシャッフルしてから七枚ずつカードを配っていった。
そのゲームでは、『ドロー2』と『ドロー4』がたくさん出てくる大接戦となったが、結局また沢木キョウが一番に勝ち抜け、次に羽加瀬信太が手持ちのカードを全て場に出しきることができた。「また、負けた〜!」と田中洋一が天井を見上げたのとほぼ同時刻に、お風呂場から「キャー!」という声に続いてガタガタと何か大きな音が聞こえてきた。
その音が聞こえてきたとき、みんなは一斉に顔をあげた。一瞬の間を置いて、「今のはカンナの叫び声よね」と真中しずえが不安そうにみんなに聞いた。
「ちょっと見てくる」と池田勇太が言って立ちあがろうとしたが、「まだ着替えている途中かもしれない」との立花美香の発言により、立花美香と真中しずえがお風呂場に様子を見にいくことになった。
するとすぐに、「カンナ大丈夫?」という真中しずえの大きな声が聞こえてきて、その直後には「池田先生もきてください」と言いながら立花美香がみんながいる居間に入ってきた。
空木カンナはパジャマ姿のまま、お風呂場の前で倒れていた。その横に座った真中しずえは「大丈夫?しっかりして」と繰り返し空木カンナに声をかけていた。
空木カンナは意識はあるようで、真中しずえの声かけに返事はしているようだった。立花美香が空木カンナに肩を貸して居間まで移動してソファーに横に寝かせているあいだ、池田勇太と沢木キョウは、お風呂場とその周囲の様子を見て回っていた。池田勇太と沢木キョウによると、「窓が一ヶ所開いていたので、もしかしたらそこから誰かが入ってきたのかもしれない」とのことであった。
居間のソファーに全員が集まったとき、「カンナ、何があったか覚えてる?」と真中しずえが空木カンナに聞いたが、立花美香は「今はまだ無理に喋らせないほうがいいと思うわ」と真中しずえを優しくなだめた。
しかし、「私は大丈夫です。心配かけてごめんなさい」と青白い顔で弱々しく空木カンナは話し始めた。「無理しちゃだめよ」と立花美香は言ったが、空木カンナは何があったかを説明しつづけた。
「シャワーを浴びおわって、このパジャマを着てからお風呂場を出たところで、いきなり誰かに後ろから壁に押し付けられたんです。そして、緑色の液体を注射されたんです」と首筋と肩の間を指差した。
「緑色!?ま、まさか・・・」と沢木キョウが驚いたが、その瞬間、空木カンナは気を失ってソファーからずり落ちそうになった。
それを立花美香が支えつつ、「空木さんを二階の寝室に横にさせてきます。池田先生、もしよかったら、一階部分をもう一度だけ点検して誰もいないか、鍵が開いている場所がないか、を確認してきてもらえないでしょうか。トイレの中にも誰もいないのを確認してもらえると助かります」と池田勇太に言った。そして、真中しずえと相葉由紀の助けを借りながら、空木カンナを抱き上げて二階に連れていった。
空木カンナを二階の寝室の布団の上に寝かせたあと、立花美香・真中しずえ・相葉由紀は、二階に怪しいところがないことを確認して一階に戻ってきた。女性陣の三人が居間に入ったとほぼ同時に池田勇太も居間に戻ってきた。「一階にも、今は特に怪しいところはなかった」とのことであった。
「どうしよう・・・」と泣きそうな顔で羽加瀬信太が言うと、「池田先生、携帯電話で警察を呼びましょう」と、真中しずえはそう池田勇太にお願いした。
「お、そうだな。ここは携帯電話の電波は届くかな。えっと・・・あれ、俺の携帯はどこに置いたんだっけ?」と池田勇太が自分のポケットを探そうとすると、「先生、携帯電話は空木さんがまとめて預かってるんじゃなかったですか」と、今にも気を失いそうなくらいの真っ青な顔で、相葉由紀が言った。
「あ、そうだった・・・。でも空木は今は気を失ってるし、どこに携帯電話を置いたか誰も知らないよな。どうしようかな・・・」と池田勇太が質問とも独り言とも取れるような発言をすると、「交番まで行くしかないですね。私が運転しましょうか?交番は駅前にあるので三十分もあれば着くと思いますけど」と、立花美香がそう提案した。
「でも、こんな真っ暗なところを立花先生お一人で運転するのは危険です。私がいきますよ。」
「もしこの近くに空木さんを襲った犯人が潜んでいるのなら、大人の男性がこの家からいなくなるのは、もっと危険だと思いますわ。」
「う〜む、たしかに・・・。でも、だからといって、犯人が近くにいるかもしれないのに、立花先生が運転するというのはやっぱり心配です。」
池田勇太と立花美香の会話に『犯人』という単語が何回も出てきているのを聞いて、田中洋一たちはみんな不安そうな顔をしていた。しかし、その中でも特に様子がおかしかったのが沢木キョウであった。
思い詰めた表情をして「緑色、まさか、でも本当だとしたら空木さんの命が危ない」などと、一人でブツブツと言っていた。だが、何かを決意した様子で「みんな聞いてください」と、立ち上がって話し始めた。
「僕の思い違いならいいんですが、もしかしたら空木さんの命が危ないかもしれないです。」
「どういう意味なの?」と怒りと不安の両方が混じった口調で真中しずえが沢木キョウにくってかかった。「カンナが死んじゃうってことなの?なんで?どうしてなの?カンナは何を注射されたの?緑色の液体って何?沢木君は何を知ってるの?」と、沢木キョウが答える暇もないまま矢継ぎ早に次々と質問をした。
空木カンナが死んでしまうかもしれないということを口にしたことで、これまで抑え込んでいた感情が表に出てきたようで、途中からは真中しずえの目から大粒の涙がでてきた。そして最後には「うわーん」と大きな声を上げて泣き崩れた。
その様子を静かに見ていた沢木キョウが何かを言おうをしたとき、横から「でも、空木さんは後ろから壁に押さえつけられてから注射されたんだよね。なんでその液体が緑色ってわかったんだろう?何かの拍子でシリンジが見えたのかな?」と田中洋一がふと思いついた疑問を口にした。
「そんなこと今はどうでもいいでしょ。カンナがカンナが・・・死んじゃうかもしれないのよ」と、泣きながら真中しずえが田中洋一を責めた。「ごめん・・・」と田中洋一は謝ることしかできなかった。
しかし、田中洋一の発言を聞いた沢木キョウは何かに気がついたようで、「そうか。そういうことだったんだ」と小さく言い放ち、二階へと続く階段を走ってあがっていった。田中洋一も「え、キョウ君どこいくの?待って、僕も行くよ」と言って、沢木キョウのあとを追った。
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