SFミステリー小説:永遠の秘密



SFミステリー小説:永遠の秘密

最終章:右目と名前(4)

空木カンナが寝かせられている二階の寝室を開けた沢木キョウは、その部屋の中に向かって数歩進んだところで立ち止まった。一方、沢木キョウを追っていた田中洋一は、寝室の入り口のところで、その歩みを止めた。

布団の上で横になっていると思われた空木カンナは、パジャマ姿から普段の格好に着替えており、寝室の中にある椅子に座ってこちらを見ていた。

「あら、レディーの部屋に入るときはノックが必要だって知らなかったのかしら?」と、不敵な笑みを顔に浮かべて話しかけてきた。

「空木さんは気を失っていたんじゃないの?なんで普通の服に着替えて座っているの?それに、なんで、そんな表情でこっちを見ているの?」と田中洋一は様々な疑問が浮かんできて何を言うべきか悩んでいたが、沢木キョウは「君は・・・いったい何者なんだ?」と強い口調で空木カンナに質問をした。

「その質問をするのは私の方よ、沢木君。君はいったい何者なの?もしかして、私と同じ?」
 「言っている意味がわからない。」
 「ふふ、そんな怖がらなくてもいいよ。」
 「君の目的は何なんだ。」
 「あなたが、この学校に来た目的を教えてくれたら教えてあげようか?」

二人のかみ合わない会話を聞いていた田中洋一だったが、「空木さん、いったいどうしちゃったの?注射されたんでしょ。体は大丈夫?緑色の液体を注射されたって聞いて、キョウ君はすごく心配してたんだよ。空木さんが死んじゃうかもしれないって、みんなもすごく不安になってるの。元気になったんだよね。一階に降りて、みんなを安心させてよ」と、いつもと違う様子の空木カンナに対して、自らの不安を抑えながらも、精一杯の気持ちをこめてそう言った。

「田中君は優しいのね。大丈夫よ。私は元気。それに、今の私が本当の空木カンナなの」と言いながら、ポケットから出した小さな小瓶を二人の方に突き出した。そして、「ところで、緑色の液体ってこれのことかしら?」と聞いてきた。

「やっぱり君は・・・」と沢木キョウが話し始めたが、それを途中でさえぎって「それは何なの?緑の液体って、それは空木さんが注射されたものなの?なんでそれを空木さんが持ってるの?何がどうなってるの?」と、少しパニック状態に陥った田中洋一が空木カンナに矢継ぎ早に質問をした。

「洋一君、少し落ち着いて。」
 「こんなの落ち着けないよ。」
 「落ち着いて僕の話を聞いて。空木さんは誰かに襲われたわけでも、注射されたわけでもない。あれは、空木さんがそういうストーリーを勝手に作り上げて僕らをだましただけだ。」
 「そんな・・・。」
 「あのとき、シャワーを浴びた空木さんは、お風呂場を出たあとで窓を開けて、それから叫び声を出してから壁かどこかにぶつかって大きな音を立てた。そして、ありもしないストーリーをでっち上げて、誰かがこの家に入ってきて緑色の液体を注射されたって僕らに言ったんだ。」
 「なんのためにそんなことをしたの?」
 「緑色の注射液のことを知っている人を見つけたかったんだと思う。」

「でも証拠はないんだよね」と、ふふっと笑いながら空木カンナが二人に話しかけてきた。沢木キョウは視線を空木カンナにうつす。

「証拠はない。けど、それが真実のはず。いったい君は何者なんだ。」
 「それは私が聞く質問よ。さっきも言ったでしょ。」
 「君が答えろ!」
 「そんな風に言われたら悲しいな。じゃあ、君が答えられるようにしようか。」
 「どういう意味だ?」

数秒の静寂のあと、空木カンナがゆっくりと田中洋一の方を見た。その視線を追って、沢木キョウは、自分の数歩後ろにいた田中洋一の方を振り向いた。そこにいたのは、口元を抑えられて、のど元に包丁を突きつけられていた田中洋一だった。

包丁を突きつけていたのは立花美香であった。

「お友達を痛い目には合わせたくないわよね」と、変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、空木カンナは沢木キョウに話しかけた。

「洋一君を離せ!」と、沢木キョウは立花美香に言った。しかし、立花美香は返事はしなかった。その表情は、いつもの立花美香とは全く異なる冷徹なものだった。

「下にいた四人はどうしたんだ!」と、今度は違う質問を沢木キョウはした。しかし、立花美香は表情を一切変えないまま黙っていた。

「立花、答えてあげなさい。下にいた四人は今どうしているの?」と空木カンナが聞くと、「空木様の指示どおり、あの四人は駅に向かわせました。今の時間帯ですと三十分もあれば着くはずですが、あの男が運転しているのでもっと時間はかかるはずです。駅近くの交番で事情を説明してから、すぐに警察が動いたとしても、ここまでくるのに今から早くても四十分から五十分くらいはかかると思われます」と、立花美香は抑揚のない口調で答えた。

「あのボンクラが運転していたら、駅に着くまでに一時間くらいかかるかもしれないね」と、空木カンナは、くくくっと軽く笑いながら立花美香に話しかけた。

「立花?空木様?いったい何がどうなってるんだ?」と田中洋一は言いたかったが、立花美香に口元を抑えられ包丁をつきつけられていたので何も言えなかった。

代わりに沢木キョウが、「君たち二人は一体どんな関係なんだい?保健室の先生とそこの学校の六年三組の児童、っていう関係ではないようだね」と、あえて自分は冷静であると主張したいかのような口調で、空木カンナに問いかけた。

「質問をしているのは私。答えるのはあなた。もう同じことは言わないわ。わかったわね」と、有無を言わせぬ強い口調で空木カンナは答えた。そして、「沢木君、あなたは一体なにものなの?」と同じ質問をした。

「・・・君の質問には素直に答える。だから、洋一君に危害は加えないでほしい。だけど、今の君の質問にはどう答えていいのかわからない。」
 「なるほど。もしかして、あなたは私たちが誰だかあまり良くわかっていないのかもしれないわね。」
 「そうだ。僕には君たちが一体なにものなのかわからない。」
 「でも、緑色の注射液のことは知っている。そうよね?」
 「知っている。」
 「あなたもプロテインXを持ってるのね?」
 「・・・持っている。」
 「緑色の注射は受けた?」
 「受けた・・・と聞いた。だけど、そのときのことを僕ははっきりとは覚えていない。」
 「では、この質問には答えられるわね。あなたの力は何?」
 「・・・」

沢木キョウが答えを言うのを躊躇していると、間髪入れずに、空木カンナが「立花、その子の右耳を切り落としなさい」と、立花美香にそう命じた。

「待て!答える。だから、洋一君には手を出さないでくれ。」
 「あなたの力は?」
 「人のウソがわかる。」
 「ウソがわかる?」
 「そうだ。」
 「どうやって?」
 「・・・」

「立花。」

「待て。」

「違うわ。勘違いしないで」と、微笑を顔に浮かべたまま、あえて優しい口調で空木カンナが沢木キョウに話す。そして、「立花、彼が喋れるようにしなさい」と、立花美香の方を向いて言った。

立花美香は、「はい」と短く返事をし、田中洋一の口元を抑えていた左手を緩めた。そして、彼女の左手は田中洋一の両手首をつかみ後ろ手に固定した。しかし、立花美香の右手に持った包丁は、田中洋一のくび元に突きつけられたままであった。

「田中君、君のお友達が私の質問に答えてくれないの。あなたからもお願いしてくれないかな。」
 「空木さん、どうしちゃったの?それが本当の空木さんなの?それに、立花先生もなんでこんなことをしてるの?」
 「田中君、私の言ったこと理解できた?」

その直後、立花美香の右手に力が入るのに気づいた沢木キョウが、「洋一君、だめだ。彼女は君の知ってる空木カンナじゃない」と言ってから、空木カンナの方を向いて「質問には答える。だから、洋一君を安全なところに移動させてくれ」と頼んだ。

「それはあなた次第」と空木カンナが沢木キョウに話しかけて、また二人の会話が始まった。

「私は君の力について聞いてるのよ。」
 「人のウソがわかると言った。」
 「どうやって、と聞いてるんだけど?」
 「・・・僕の右目は人のウソがわかる。」
 「右目?」
 「そうだ。右目だけで見ると、その人がウソを言っていると赤黒いモヤがかかっているように見えるんだ。」
 「まさか・・・」

と、初めて空木カンナが少し驚いた表情をした。すると、「あのプロジェクトは中止になったと聞きましたが」と、同じく驚いた表情になった立花美香が空木カンナに聞いてきた。

「私もそう聞いた。沢木君が適当なことを言っている可能性もあるね」と、空木カンナが立花美香にそう返事をした。そして、再び沢木キョウの方を向いて、「沢木君、それは本当なの?ウソじゃないわね」と、空木カンナは念を押すかのようにそう聞いた。

「本当だ。」
 「ウソだったら・・・どうなるかはわかってる?」
 「わかっている。僕の右目はウソが見える。本当だ。」
 「じゃあ、試してみるわ。いいわね?」

沢木キョウは何も言わずに首を縦に振った。「間違えるごとに田中君の指の数が減っちゃうよ。いい?」と、少し意地悪そうに空木カンナが聞いてきたが、「好きにすればいい」と、ぶっきらぼうに沢木キョウは答えた。

そして、不安な表情で二人の会話を聞いていた田中洋一に向かって、「大丈夫。心配しないでいいよ」と笑顔で話しかけた。沢木キョウの左目は閉じていた。

「ふふ、素晴らしい友情。うらやましいわ」と、不敵な笑みを浮かべながら空木カンナはそう言って、「じゃあ最初の質問ね。私の本名は空木カンナよ。どう?本当かウソかわかる?」と沢木キョウに聞いた。

「ウソだ。」
 「正解。でも、こんなのは簡単すぎるわよね。特別な能力がなくてもわかる質問だものね。じゃあ次の質問。明日は私の誕生日。」
 「それもウソだ。」
 「正解。じゃあ、今度は立花に問題を出してもらいましょうか。でも、立花の方を向いちゃだめよ。」
 「だめだ。僕は右目で話している人を見ないとわからない。」
 「そうかしら?せっかくだから試してみようよ。立花、あなたがこの学校に来る前のことについて問題を出してみて。」

「はい、空木様」と、立花美香は答え、沢木キョウに向かって、「沢木キョウ、私はこの学校に来る前はN県で医者をしていた。それが本当かどうか答えなさい」と言った。

「わからない」と空木カンナの方を向いたまま沢木キョウは答えた。

「田中君がどうなってもいいの?」
 「さっきも言ったように僕の能力は右目で見ないと意味がない。今の質問に答えられるわけがない。」
 「わかったわ。じゃあ、今度は立花の方を向いていてもいいわ。じゃあ立花、次は下にいた四人について何か質問しなさい。本当のことを言ってもいいのよ。」

立花美香は、「わかりました、空木様」といい、再び沢木キョウの方を見て、「沢木キョウ、これから私が言うことが本当かどうか答えなさい。下にいた四人はみんなもう死んでいる。今ごろ一階は血の海よ」と、表情を変えないまま沢木キョウに話しかけた。

「そ、そんな・・・」と、田中洋一の顔が真っ青になる。

「洋一君、大丈夫だ。今のはウソだ。僕の右目がそう言っている。それに、君と僕がこの部屋に着いて、空木さんと話を始めたころに、車のエンジン音が聞こえた。四人が車でどこかに行っているのは本当だと思う」と、沢木キョウは田中洋一を安心させるためか、いつもよりもゆっくりとした口調で話しかけた。

「沢木君、君は冷静ね。本当に小学六年生なのかしら?今のも正解ね。じゃあ、最後の質問をするわ。これに答えられたら、あなたの力が本当だと信じてあげるわ。」
 「そうしたら洋一君を安全なところに移動させてくれるか?」
 「それとこれとは話は別。あなたにはまだ聞かないといけないことがあるから。」
 「ひきょうだぞ。」
 「そんな言い方されたら悲しいな。私たち同じ科学探偵クラブの仲間じゃない。」
 「ふざけるのはやめろ。」
 「はいはい。じゃあ、とりあえず最後の質問ね。私の本当の年齢は四十六歳よ。どう?ウソか本当かわかる?」

「何を言ってるんだ?そんなわけないじゃないか。どこからどう見ても目の前の空木カンナは小学六年生に見える。いや、むしろもっと幼く見えることすらもある」と田中洋一は思ったが、その質問を聞いたとき、沢木キョウの表情は一瞬で固くなった。

「どうしたの?私が四十六歳かどうかわからないのかしら?それとも女性の年齢をみんなの前で言うのは失礼だと思ってるのかな?紳士ね、沢木君は。そんなこと気にしないでいいよ。」
 「からかうのはやめろ。君は・・・本当に四十六歳なんだな。」
 「正解。よくわかったね。あなたの能力は右目にあるって信じてあげる。」

「そんなことあるわけないじゃないか!」と田中洋一は叫んだ。今の現実離れした不思議な状況が、田中洋一の不安と恐怖を吹き飛ばし、怒りの気持ちを引き起こしたらしい。今まで黙っていた反動もあり、田中洋一は突然何かのスイッチが入ったように喋り始めた。

「みんな、一体なんの話をしているの?空木さんが四十六歳?そんなことあるわけないじゃないか!キョウ君もキョウ君だよ。右目で見たらウソがわかるなんて、そんなファンタジーみたいな話は信じられないよ。みんなで僕をだまそうとしてるんでしょ。科学探偵クラブの合宿の最終日に、僕にドッキリをしかけたかっただけだよね。いつも僕が手品でみんなをだましてたから、その仕返しでしょ。でも、もういいでしょ。タネあかししてよ。全部ウソだって言って。緑色の注射も不思議な能力も、何もかも全部デタラメなんだよね。僕が手品をしてたからなの?僕が悪かったよ。みんなもう許して。」

最後の方は涙を流していた。

一瞬の間があり、空木カンナが話しかける。その表情は学校で見るいつもの空木カンナだった。

「田中君、悲しい思いをさせてごめんね。君の手品は面白かったよ」と、優しく話しかける空木カンナに、「これはドッキリだよね。本当のことじゃないよね。それともただの夢なのかな」と、田中洋一は返事をする。

「残念だけど、ドッキリでも夢でもないの。全部、本当のこと。」
 「うそだ・・・」

田中洋一は力なくうなだれた。そんな田中洋一の方から空木カンナに視線を移した沢木キョウが問いかける。

「君の目的を教えてほしい。」
 「それを知ってどうするの?」
 「わからない。」
 「いつもの沢木君らしくないわね。」
 「君の質問にはもう答えた。次がそっちが僕の質問に答える番だ。」
 「沢木君にはまだ聞きたいことがあるの。それに、私たちの立場は対等じゃないのよ。」
 「僕の質問に答えてもらいたい。」
 「頑固ね。まあ、いいわ。私の目的を教えてあげる。あなたを仲間にするために、私も立花もこの学校に来たの。」
 「意味がわからない。」
 「どうして?あなたが仲間になればそれでいいだけよ。沢木君が転校してきたのも、私たちを探しにきたんでしょ?」
 「違う。」
 「そうなの?悲しいな。同じ遺伝子改変人間じゃない。仲間になりましょ。」

「遺伝子改変・・・」と、うなだれた状態の田中洋一が下を向いたままつぶやいた。

「あれ、田中君、その言葉を知ってるの?ああそうか、このあいだ保健室で真中しずえが研究室見学のことを説明していたときに、みんなに詳しく教えていたね。そうよ。私も沢木君も特別な遺伝子が入ってるの。私はね、その遺伝子のおかげで体の成長がゆるやくに進むの。だから、四十六歳だけど見た目は君と同じ小学生なの。」

「そんなのウソだ!」と、顔をあげて田中洋一が叫ぶ。

「ウソじゃないんだよ、田中君。沢木君の右目もそうやって作られたんだし。」
 「そんなのウソだ。ウソに決まってる。本当のわけが・・・」

田中洋一の最後の方の言葉は聞き取れないくらいに小さいものだった。

「なぜ僕があの学校に転校するってことを知っていたんだ?」と、沢木キョウは聞いた。

「あの学校に私たちと同じ遺伝子改変人間がいるという知らせが入ったの。情報ルートは教えてあげないけどね。だから、まず先に立花が保健室の先生として潜入したのよ。」
 「保健室なら血液サンプルを入手することが可能だからか?」
 「そうよ。私たち遺伝子改変人間には、目印としてプロテインXも発現しているでしょ。それは血液サンプルがあれば調べられるもの。」
 「だが、立花先生はプロテインXを発現している人間を見つけられなかった。だから君も来た。」
 「その通り。保健室の先生といっても、血液サンプルを自由に入手することは思ったよりも簡単じゃなかったの。学校は病院じゃないからね。」
 「だから君は子どもたちに混じって特異な能力をもっている人間を探すことにした。」
 「正解。まあ、これを使えば誰がプロテインXを持っているかはすぐにわかったんだけどね。」

と言って、ポケットにしまっていた小瓶を再び手にして、空木カンナは微笑んだ。小瓶の中では緑色の液体がゆらめいている。

「そんなことをしたら・・・」
 「そう、大変なことになる。だって、プロテインXを持っていない人がこれを注射されたら二十四時間以内に死んじゃうんだもんね。」

「その液体は何なの?」と、小さな声で田中洋一が聞いた。

「私たちに組み込まれた遺伝子は最初は眠ってるの。でも、この液体を注射されると眠っていた遺伝子が起こされるのよ。でも、これってすごい毒なの。プロテインXがあれば無毒化されるんだけどね」と空木カンナは優しく田中洋一に答え、次に沢木キョウに向かってポケットから違う小瓶を出して見せた。その小瓶には無色透明の液体が入っていた。

「その液体はなんだ?」
 「何だと思う?」
 「質問に答えろ。」
 「もう少し優しい言葉遣いをしてほしいな。あなた自分の立場わかってる?」

と言った空木カンナは、チラッと田中洋一の方を見た。

「・・・わかった。その小瓶の中身が何なのか教えてほしい。」
 「この液体はね、こっちの緑色の液体をパワーアップさせたものなの。」
 「どういう意味だ。」
 「改良した薬という意味よ。プロテインXがない人に投与しても大丈夫。しかも、注射じゃなくて、口から体の中に入れても眠っている遺伝子を起こすことができるの。二十四時間もあれば『能力』』が出てくるわ。まだそんなに量は作れないんだけどね。」
 「まさか・・・」
 「そうよ、そのまさか。やっぱり沢木君は鋭いね。」
 「あのとき保健室で血糖値をはかったのは僕らの血液サンプルを集めるのが目的だったんだな。」
 「正解。」
 「あれで僕らの中にプロテインXを持つ人間がいるのがわかった。だが、サンプル量が少なすぎて誰がプロテインXを持っているのかまではわからなかった。」
 「それも正解。」
 「だから、あのときにいた六人を誘ってこの合宿を計画した。そして僕らが口にするものにその薬を混ぜて様子を見た。」
 「百点満点ね。さすが沢木君。でも、特別な能力が出てきた人はいなかったのよ。」
 「僕の能力や君みたいな性質だったら、パッと見ではすぐにはわからないんじゃないのか?」
 「私のこの力は偶然うまれただけ。まだまだ研究が足りないの。それに、沢木君の能力を作り出すプロジェクトは公式には中止になってたの。そもそも普通はね、遺伝子改変といっても、運動神経が少し良くなるとか、味覚が鋭くなるとか、そこにいる立花のように耳がよく聞こえるようになるとか、そういうシンプルな違いしか生み出せないの。今はまだね。君や私のような力は特別。」

静寂がその場に訪れる。

空木カンナが次に何を話すのかを、沢木キョウは黙って待っていた。

「でも、まさかプロテインXを持った人間が私たちの後に転校してくるとは思わなかったわ。もしかして、私たちがあの学校に来るように仕向けたのは、あなたたちなのかしら?」
 「違う・・・と思う。」

「なに、その曖昧な返事。まあいいわ、じゃあ、次の質問にはちゃんと答えてね」と空木カンナが言うと、田中洋一の手首を掴んでいた立花美香の左手に力が入った。そして、右手に持った包丁の背をつかって田中洋一の首を持ち上げた。

「洋一君には手を出すな。」
 「それはあなた次第よ。」
 「何が知りたいんだ?」
 「あなたのお仲間の人数は?」
 「・・・今、僕の生活をサポートしてくれているのは二人だ。それ以外に仲間がいるかどうかは僕は知らない。」
 「あなたたちの目的は?」
 「・・・知らない。僕たちは普通の生活を送りたいだけだ。」
 「ラボのことは知ってるのよね。」
 「僕のこの右目を作ったラボのことは聞いた。だけど、そのラボは今はなくなったんじゃないのか?」
 「沢木君、本当に知らないの?」

空木カンナは沢木キョウにそう問いかけながら、立花美香と田中洋一の方に、ゆっくりと視線を移動した。

「待て!洋一君は関係ない。僕は正直に全てを話している。だから、無関係の彼はもう放してくれ。」
 「ここまでの会話を聞いちゃったから、田中君はもう無関係じゃないんだけどね。まあいいわ。沢木君はどうしてあの学校に転校してきたの?」
 「あの学校に僕と同じようにラボで作られた人間がいると聞いたからだ。」
 「それは私と立花のことかしら?」
 「わからない。僕は『あの学校に誰かがいる』としか聞かされてなかった。」
 「見つけてどうするつもりだったの?」
 「その能力のせいで困っていたら助けてあげるつもりだった。」
 「なんだか話が通じないね。もしかして沢木君、本当に何も知らないの?」
 「何をだ?」
 「あのラボのことよ。」
 「何の話をしているんだ。君の目的はいったい何なんだ?」

「はぁ」と空木カンナは小さくため息をついた。

「本当に知らないのね。いいわ、これから仲間になってもらうから少し説明してあげる。」
 「仲間になるとは言っていない。」
 「ふふ。まあ、まずは私の話を聞いて。私たちはね、科学をもっと発展させたいの。科学を使って人類を次のステージに進ませたいのよ。でもね、今の科学の進歩は遅すぎるの。なぜだかわかる?」
 「その質問は前提が間違っている。今の科学の進歩は十分に早い。むしろ早すぎる感じがする。人間の方が科学の進歩についていけない。」
 「いいえ、科学の進歩は遅いわ。でも、沢木君が言った『人間の方が科学の進歩についていけない』というのは正しいの。じゃあ、質問を変えるね。科学の進歩を遅らせてるは誰だと思う?」
 「科学の進歩を進めている、ではなく?」
 「いいえ、『遅らせている』、よ。」
 「何が言いたいんだ?」
 「あら、沢木君らしくないわね。私が言いたいことがわからないのかしら?それとも、わかっているけど口にするのが怖いのかな。」

そして、「ふふふ」と子供らしいあどけない笑顔を沢木キョウの方に向けた。

「はぐらかさないで説明しろ」と、いらだちを隠せない感じで沢木キョウが言う。

「やれやれ、そんな乱暴な言葉遣いはだめよ。私、こう見えてもあなたよりずっと年上なのよ。それにね・・・」と、再びチラッと田中洋一の方を見る。

「・・・わかった。僕が悪かった。君が何を言いたいのかを教えてほしい。」
 「そうやって素直になってくれれば悪いようにはしないわ。これから仲間になるんだし。」
 「・・・」
 「さっきの質問だけどね、科学の進歩を遅らせているのは、科学の進歩についていけない人間たちなの。科学の『か』の字もわからないような愚かな人間が政治家として国のトップに立ってる現状をどう思う?科学技術政策にお金もリソースもまわってこないじゃない。それに、くだらない宗教観や倫理観、非科学的な風習や人種差別も、全て科学の発展を妨げているの。私たちはね、そういうものとは無縁のところで科学の発展に取り組んできたわ。あなたの右目を作り出したラボは、科学の発展に特化したごく一握りの天才たちが集まってできたの。」
 「なんで、そのラボはなくなったんだ?」
 「本当に何も知らないのね。十年ほど前の話よ。人間らしい生活を送るには科学以外のことも大事だ、というグループがラボ内にできちゃったの。激しい内輪揉めがあったわ。そして、これまでの研究成果の大半が消えちゃったの。そこにいた研究者や遺伝子改変人間もほとんどが死んでしまった。でも、私や立花のように生き残った人間もいるの。『科学以外のことも大事』とか言っていたグループは、あのとき全員殺したと思っていたけど、何人かは逃げたようね。だって、あなたは、そのグループの生き残りに助けられて育てられてきたんでしょ?」
 「何が目的なんだ?」
 「今までの話を聞いてた?科学の発展が目的よ。人類は、いち早く次のステージに行くべきなの。宇宙に居住スペースを移し、不老不死を実現し、別の銀河系にまで活動範囲を広げないといけないのよ。」
 「そんなことできるわけが・・・」
 「ないと思ってるの?『かぐやひめ』が書かれた時代の人間は月に人間が行けるなんて想像すらしていなかったでしょ。戦国時代の人間は、刀で斬られた腕を繋げられるようになるなんて思ってたかしら?それと同じよ。科学が発展すれば何だってできるわ。でも、科学の発展を妨げる人間ばかりなの、今の世の中は。科学の発展を進めるべきである科学者の世界だって、口だけのうそつきな奴らが偉そうにのさばっているのよ。こんな世界は変えるべき。そのために私たちは仲間が必要なの。沢木君、君は優秀よ。その右目がなくても仲間にしたいくらい。」
 「宗教や倫理観は大事だ。これまで伝えられてきた文化や風習だって、僕たちが人間らしく生活するためには必要だ。」
 「あらあら、どこかで聞いたようなセリフね、沢木君。ん、ちょっと待って。今のセリフ、そして、ウソがわかる目。沢木、さわぎ、きょう、さわぎきょう・・・。なるほど、そういうことだったのね。あの男、やるわね。」
 「何の話だ?」
 「いいえ、こっちの話。」

一瞬の沈黙。

「さて、これでおしゃべりはおしまい」と空木カンナは言い、立花美香に対して「後片付けの準備はどう?予定通り?」と聞いた。

「はい。この合宿が始まる前に準備はしておきました。あとは、この家の周りの数カ所にガソリンをまいて、家と車を燃やせば終わりです。『誰かが私たちを誘拐するためにこの家に押し入り、その際に火をつけていった』ということで、犯人も被害者も見つからないままの迷宮入り事件になると思います。」

「上出来ね。よくやったわ。」
 「ありがとうございます。」
 「じゃあ沢木君、私たちと一緒にいきましょう。」

***

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