SFミステリー小説:永遠の秘密2〜すれ違う二人



SFミステリー小説:永遠の秘密2〜すれ違う二人

最終章:山川カンナ(5)

四人が乗ったバンは、十分ほど走ったところで停車した。

走っている間、車内にいる四人は、誰も一言も喋らなかった。田畑太一郎は、途中で逃げる方法がないかと考えたが、動いている車内で拳銃を持っている渡邊哲郎と争うのは得策ではないと判断し、大人しくしていた。

バンの運転席側のシートがあるスペースと後ろのスペースの間には、スチール製の棚が設置されていた。そこには色々な荷物が置かれていたため、後ろのスペースからは、フロントガラス越しに外の景色を見ることが難しかった。また、バンの後ろのスペースにある窓は、全てが黒い目隠しで覆われていたため、田畑太一郎はここがどこだかはわからなかった。

山川聖香がバンのエンジンを切ったあと、「さて、ここで少し話をしようか」と、山川カンナが言って、助手席からバンを降りた。続いて山川聖香も、自身が座っていた運転席側からバンを降りた。

その後、バンのうしろのドアを外から開けて、山川母娘が、田畑太一郎と渡邊哲郎がいる後ろのスペースに入ってきた。その動きは非常にスムーズだったため、山川母娘が乗り込んでくる隙を狙って外に逃げようと画策していた田畑太一郎は、何もできないまま二人が後ろのスペースに入ってくるのを見続けることしかできなかった。

しかし、山川母娘が乗り込んできたとき、田畑太一郎は、ドアの隙間から外の様子が少しだけ見えた。そして、ここがどこかのスーパーマーケットの駐車場であることがわかった。日曜日の夜だったので、車はあまり停まっていなかったが、それでも彼の目には、何台かの車が、自分が乗っているバンの近くに駐車しているのがわかった。

田畑太一郎は、どこかの人気のない山奥に連れていかれ、そこで殺されて捨てられるかもしれないと心配していたので、とりあえずここで今すぐに殺されることはなさそうだと思って少し安心した。

しかし、そんな田畑太一郎の考えなど誰も気にしていないかのように、山川カンナはテーブルセットの椅子に座り、その横に山川聖香が座った。

そして、渡邊哲郎はテーブルを挟んで山川聖香の前に座り、山川聖香に向かって微笑んだ。山川聖香は「チッ」と軽く舌打ちをして渡邊哲郎を睨んだが、山川カンナの視線が自分の方に移ったことに気づいて、静かに下を向いた。

「田畑君も早く座って」と渡邊哲郎に言われ、田畑太一郎は急いで空いている椅子に座った。しかし、田畑太一郎には、自分の目の前にいる山川カンナが、自分の存在には気がついていないのではないかと感じられるぐらい、自分に興味がないということがわかった。

「さてと、どうしましょうか?」と渡邊哲郎が話し始めると、山川カンナが冷たい微笑みを浮かべて、「哲郎君は何が目的なのかな?」と聞いてきた。

「何が目的かと聞かれても、僕はただただ平穏に暮らしたいだけなんですけどね。」
 「ふーん、そうなんだ。」
 「でも、まさか・・・えっと、今はあなた方のことを何てお呼びすればいいですか?まあ、聖香ちゃんは聖香ちゃんでいいかなと思うんですけど。」

山川聖香がキッと渡邊哲郎をにらみつけて何かを言おうとしたが、その前に山川カンナが口を開いた。

「呼び方なんて何でもいいわ。」
 「えっと、じゃあカンナさんと呼ばせていただきますね。」
 「どうぞご自由に。」
 「はい。じゃあ改めて、と。いやね、まさか日本から遠く離れたこの土地で、カンナさんと聖香ちゃんに再会するなんて思わなかったんですよ。二度と会いたくない、いや二度と会えないんだろうなと思ってたので。」
 「あらあら、私は哲郎君とずっと会いたいと思っていたわ。」
 「ははは、それは光栄なことです。で、目的なんですけどね、高野さんの件に関しては、本当に全くの偶然。僕にとっては事故みたいなものですよ。まさか、カンナさんたちが狙っているターゲットのリストに高野さんが入っていたなんて知らなかった。本当ですよ。カンナさんと敵対するつもりなんて全くないし、そもそも関わるつもりもなかった。」
 「まあ、そうでしょうね。実はね、私たちも彼女が関係者だって知ったのは最近のことだからね。」
 「やっぱりそうなんですね。でもね、不思議なんです。高野さんのことを調べれば調べるほど、あなた方が彼女を殺す必要性は見当たらなかったので。ひょっとして、考え方が変わってしまいました?」

「ふふ」と、山川カンナは不敵な笑みを浮かべた。そして、山川聖香の方を向いて「何か飲むものを持ってきて。四人分よろしくね」と言った。それを聞いて田畑太一郎は、自分の存在はきちんと認識されていたんだということで、少し安心してホッとした気持ちになった。

「あ、僕はいいです。美味しくない飲み物はいらないんで。」
 「舌は衰えていないようね。でも大丈夫、きちんとした味のペットボトルの水だから。」
 「あ、そうなんですね。じゃあお言葉に甘えていただきます。」

山川聖香は、あまり見慣れないラベルのペットボトルの水を四本持ってきた。

「お、この商品、今ではあんまり手に入らないんですよね。どこで手に入れたんですか?」と言いながら、渡邊哲郎は自分の前に置かれたペットボトルの水を一口飲んだ。

「おい、礼ぐらいちゃんと言え」と山川聖香に言われたが、渡邊哲郎は「はは、そんな細かいこと言わないでよ。しわが増えるよ」と軽口で返した。

山川聖香は自分の分のペットボトルを渡邊哲郎に投げつけようとしたが、「哲君、そんないたずらはダメですよ」と山川カンナに諭されると、渡邊哲郎は苦笑いを浮かべながら、「お水、ありがとうございました」と素直に礼を言った。

田畑太一郎は、自分のペットボトルには毒が入っているのではないかと心配したが、キャップを開けたときにそれが未開封の新品であることがわかったので、「お水、いただきます」と小さな声で言ってから、その水を一口飲んだ。

その水は、緊張で喉が渇いていたこともあったのだろうが、田畑太一郎がこれまでに飲んだペットボトルの水のなかで、一番美味しいものだった。すっと体に吸収されるような少し甘みのある水で、田畑太一郎は思わず「おいしい」と口にした。だが、田畑太一郎の発言に反応するものは、その場にはいなかった。

「なんで高野さんを狙ったんです?」と、渡邊哲郎は聞いた。

「それはまだ言えないな。先にこっちの質問に答えてくれるかな。」
 「はいはい。どんな質問にお答えすればいいですか?」
 「高野さんのこと、どこまで調べた?」
 「彼女の生い立ちと、婚約者が亡くなったこと、あとは、彼女がこっちでポスドク研究員をしていたってことくらいですかね。彼女の母親と婚約者の事故については、まだ調べきれていませんね。」
 「彼女の母親の交通事故は不運な事故。婚約者の事故も単なるひき逃げね。」
 「あ、やっぱりそうでした?」
 「でもね、婚約者は実は私たちのターゲットだったの。でも、それがわかったのは、ここ数年の話よ。」
 「そうなんですね。色々とあったんですね。」
 「そうね、私たちも今はそんなに人数がいないし、そもそも人探しとかそういうのは専門外だから、ちょっと時間がかかっちゃった。」
 「ははは。ま、そういうことにしておきましょうか。」

二人が話しているあいだ、山川聖香は一言も言葉を発しなかった。田畑太一郎も、自分がまるで置き物か何かになったかのように感じるほど、ジッと静かにしていた。

だが、山川聖香と田畑太一郎のそんな様子とは対照的に、山川カンナと渡邊哲郎の会話は淀みなく進んでいく。

「で、高野さんを殺したのは誰かわかる?」と山川カンナが聞くと、間髪入れずに、「坂井かなえさんですよね」と、渡邊哲郎は返事をした。

「やっぱりわかってたのね。」
 「まあ、トリックと言うことすらも烏滸がましい感じでしたからね。」

その一言だけで、田畑太一郎の頭は真っ白になった。かなえさんが。まさか、あの明るく優しかったかなえさんが――。だが、目の前の二人は、まるで天気の話でもするかのような調子で会話を続けていく。

「ふふふ。じゃあ、どうやって殺したのかもわかった?」
 「それはわかりませんね、現場を見ていないので。でも、坂井かなえの体型と、高野恵美子の遺体に目立った損傷がなさそうだったことを考えると、何らかの薬剤を使ったのかなと思っています。」
 「当たらずとも遠からずね。坂井かなえは、表のルートでも入手できるような睡眠薬を使って高野恵美子を眠らせたあと、ドライアイスからの二酸化炭素を利用して高野恵美子を安楽死させたのよ。」
 「なるほど。でも、安楽死って・・・。実験動物じゃないんですから、そんな言い方しなくても。」
 「ふふふ、相変わらず哲郎君は人間に優しいね。」
 「動物とかにも優しいですよ。」

二人の会話を聞いて、田畑太一郎は自分の耳を疑った。高野恵美子を殺したのが坂井かなえ?この人たちは一体何を話してるんだろうかと思い、つい二人の会話を遮って口を出した。

「何を言ってるんですか?かなえさんが高野さんを殺した?渡邊さん、高野さんを殺したのはあなたですよね?」

「黙れ」

その口調は、田畑太一郎がこれまでに聞いたことのないくらいの冷たいものだった。その声の主である山川聖香の方を田畑太一郎が向いたとき、真っ先に彼の目にはいったものは、自分に向けられていた銃口だった。いつの間にかに山川聖香が拳銃を手にしていたのだ。

「今はカンナ様が話をしている。誰が貴様に発言を許可した?自分の置かれている立場がわかっているのか?」

山川聖香がそう田畑太一郎を叱責したとき、田畑太一郎は、彼女の氷のような冷徹な表情と自分の心に突き刺さるような殺意に満ちた発言から、自分は今日この場で命を落とすことになるのだ、と理解した。

「まあまあ、そんなに殺伐としなくてもいいじゃないですか。田畑君だって聞きたいことはたくさんあるんだろうし。僕もね、お二人には聞きたいことがいっぱいあるんですよね。今日、みなさん時間は大丈夫なのでしょう?ゆっくり話でもしましょうよ。」

と、渡邊哲郎がいつものような調子で話すと、山川聖香は厳しい目つきで渡邊哲郎を睨んだ。だが、その手にある拳銃は変わらず田畑太一郎の方を向いている。

そんな特殊な状況下であるにも関わらず、山川カンナは、「あら哲郎君、明日は月曜日よ。今日はもう夜の十時を過ぎているけど、そんなに遅くまで起きていて大丈夫?明日も朝から仕事じゃないの?」と、何事もなかったかのように田畑太一郎に話しかけた。

「ははは。カンナさん、お気遣いどうも。でも僕、定職には就いてないんで問題ないです」と、渡邊哲郎が笑いながら返事をした。すると、「この無職め」と、小さな声で山川聖香が蔑んだ口調で吐き捨てた。

「聖香さん、相変わらず口が悪いですね。美人が台無しですよ。」
 「殺すぞ。」

山川聖香がそう言って手にした拳銃を渡邊哲郎の方に向けようとしたが、「山川聖香、少し黙りなさい。久しぶりに哲郎君と話す時間が取れて嬉しいのかもしれないけど、あまりじゃれるのはよしなさい」と、山川聖香の方を見ないまま山川カンナが言った。

それを聞いて山川聖香は、少し怯えた表情になり、「そ、そういうわけではないのですが・・・すみません。気をつけます」と、元気なく答えた。

「やーい、怒られた」と渡邊哲郎がからかうと、山川聖香は再び厳しい表情に戻り、渡邊哲郎を睨んだ。だが、たった今、山川カンナに注意されたばかりだったので、山川聖香は渡邊哲郎には何も言わなかった。

そんなやり取りの間も、山川聖香の手にある拳銃の銃口は、田畑太一郎に向けられていた。田畑太一郎は、今にも自分の命がなくなろうとしているときなのに、周りの三人が何でもない様子で普通に会話を進めているのを見て、驚きそして混乱した。これは夢ではないのか、とも思ったが、そうでないことは明らかだった。

「さて、哲郎君、冗談はこのくらいにして、少し真面目な話をしようか。」
 「そうですね。えっと、どこまで話をしたんでしたっけ?ああ、そうだ、坂井かなえさんが高野さんを殺害したというところでしたかね。」
 「そこの坊やが、なぜ坂井かなえが犯人なのかということを知りたがっているようだから、教えてあげたらどうかな?」
 「あれ、そんなことしても良いんですか?」
 「ふふ、冥土の土産ってやつかな。」
 「相変わらず可愛らしい表情で怖いこと言いますね。」
 「あなたの減らず口も治らないわね。」
 「生まれついてのものなんでね。」

と、そこまで言って、渡邊哲郎は隣に座っている田畑太一郎の顔を見た。

田畑太一郎はずっと銃口を向けられたままだったので、顔面蒼白で、今にも気を失いそうなくらいに緊張している様子だった。

その表情を見て渡邊哲郎は、「あの、カンナさん、田畑君がちょっと可哀想なので、彼女に銃を下ろすように伝えてくれませんか?僕が言うと、彼女また怒りそうだし」と、山川カンナにお願いをし、そしてチラッと山川聖香の方を見た。山川聖香は無表情を装っていたが、彼女の目からは怒りの気配が見てとれた。

「銃を下ろしなさい。」
 「はい。」

山川聖香が拳銃をテーブルの上に置いたのを見て、田畑太一郎はようやく自由に呼吸ができるような気がした。

「あれ、銃を僕の手が届くところに置いちゃってもいいんですか?」と、少しとぼけた調子で渡邊哲郎が聞くと、山川カンナは、「その銃を奪って私たちを撃とうとしたりするのかな?」と、少しからかうような口調で返してきた。

「ははは、そんなことはしませんよ。」
 「だよね。だから大丈夫。じゃあ、そこの坊やに、坂井かなえが高野恵美子を殺害した犯人であることに哲郎君が気付いた理由を教えてあげたらどうかな?」
 「はいはい。まあ、あまりにも簡単なことなので、あえて説明するまでもないんですけどね。」
 「T大学の東棟と西棟の連絡通路は、それぞれの六階と七階で繋がっているって知らない人も多いのよ。」

「え?」と、思わず田畑太一郎は口にしてしまった。そしてすぐに、「しまった」という表情になり、恐る恐る山川聖香の方を向いた。また勝手に発言したということで銃口を向けられると思ったからだ。だが、予想に反して山川聖香は無表情のまま、渡邊哲郎と山川カンナの会話を聞いていた。

「あれ、もうネタばれですか?僕に説明させるって言っておきながら、大事なところは自分で話しちゃうんですね。」
 「ふふ、ごめんね。もっと勿体ぶって説明したかったのかな、推理小説の犯人を暴くシーンのように。」
 「いえいえ、僕に探偵役は似合わないですよ。」

そして、「と、いうわけなんだけど、これで僕が犯人じゃなくて坂井かなえが犯人だってわかった?」と、渡邊哲郎は、田畑太一郎の顔を見ながら、そう言った。

「それって、かなえさんの研究室がある東棟の六階は、高野さんの研究室のある西棟の七階と繋がっているってことですか?」
 「そうだよ。あそこは東棟と西棟で建物の新しさが違うからね。各フロアの高さも違うんだ。だから、二階同士は連絡通路で繋げられるけど、上の方を繋ぐには別のフロア同士になってしまうんだ。」
 「じゃあ、あの座談会があった日、最初は東棟の六階から連絡通路で西棟に行ったから、高野さんの遺体があった会議室は西棟の七階だったということですか?」
 「そうだよ。その後で田畑君たちが守衛と見た会議室は、西棟の一階からエレベーターで行ったから西棟六階の会議室だった。高野さんの遺体はそのときも七階にあったはずだよ。」
 「そ、そんな・・・。」
 「で、君と真中さんが帰ったあとに、坂井さんが遺体を片付けたんだろうね。」
 「な、なんで・・・かなえさんがそんなことを・・・。それに、遺体はどこに・・・?」

「高野さんの遺体はあそこだと思うよ」と、渡邊哲郎はバンの後方スペースの隅っこに置いてあるスーツケースを指差して言った。

「あれは・・・。」
 「結構大きいスーツケースだよね。どこかで見た気がしないかい?」
 「色は違うけど、かなえさんが今日アウトレットモールで買ったものと同じモデル・・・。」
 「これで今日の坂井さんの目的がわかったかな?」

一瞬の沈黙のあと、田畑太一郎は辛そうな表情で言葉を絞りだした。

「今日買ったスーツケースには俺の指紋がべったりとついている。というより、あのスーツケースは俺しか触っていなかったかもしれない。だから、もしそこのスーツケースの中に本当に高野さんの遺体があって、その中身を今日買ったスーツケースに入れ直したとしたら・・・」

「少なくとも、高野さん殺害に君が関わっていたということになるね」と、田畑太一郎の発言の最後を補うように、渡邊哲郎はそう付け加えた。

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