“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド



“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド

第3回:PIという「呪い」からの脱却

アカデミアという、特殊な階層構造と権威主義が支配する世界に足を踏み入れた若者が、最初に最も強く刷り込まれるドグマ(教条)があります。それは、「自らの研究室を持ち、PI(研究室主宰者)になって初めて一人前の研究者であり、それこそが研究者人生における成功の第一歩である」という信仰です。

教授選や苛烈な公募を勝ち抜き、自分の名前が刻まれた研究室の扉を開く。自らのビジョンに沿って学生やポスドクに指示を出し、獲得した巨額のグラント(研究費)で最新の実験機器やシーケンサーを揃える。かつて私たちが若き日に指導教官の後ろ姿に見覚えたそのイメージは、戦国時代における「一国一城の主」のような、知的で輝かしい特権階級の姿として映ったかもしれません。

しかし、21世紀の現在、特にバイオ研究の分野において、その華やかな幻影は実質的に跡形もなく崩壊しています。

私たちが50歳を迎えてもPIになれなかったという事実に直面したとき、胸を締め付けるような激しい喪失感や、同世代または自分よりも若い世代の「成功者」に対する劣等感を覚えるのは、この「前世紀の遺物」となった幻影を基準にして、現在の自らの人生を採点してしまっているからです。今、私たちが真になすべきことは、自らの能力の限界を嘆き、過去を悔やむことではありません。私たちが盲目的に憧れ続けてきた「PI」というポジションが、現代のアカデミアにおいてどのような変質を遂げてしまったのかを、冷徹かつ解剖学的に見極めることです。

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現代のアカデミアにおいて、幸運にも(あるいは執念の政治闘争によって)PIの椅子を勝ち取った人々の日常を、客観的に観察してみましょう。彼らは本当に、私たちがかつて夢見た「自由な知の探求者」として日々を過ごしているでしょうか。

現実のPIの業務日誌を埋め尽くしているのは、科学の本質や真理の探求とは程遠い、膨大な「虚業」です。

大学の法人化以降、基盤的経費(運営費交付金)が極限まで削減された現代の大学において、PIの最重要任務は、数年ごとに切れる競争的資金の継続的な獲得、すなわち「研究プロポーザル(申請書)書き」へと完全に変質しました。採択率が10%から20%を推移する極めて打率の低い公募に対して、審査員の好みに合わせ、時には流行のキーワードや数理モデルを不自然に散りばめた申請書を、年間何通も書き続けなければ、研究室の雇用も消耗品費も維持できません。彼らは常に「次の資金が途切れたら、この研究室は潰れる」という、中小企業経営者のような倒産恐怖症に苛まれています。

さらに、一度グラントを獲得すれば、今度はコンプライアンスや予算執行に関する、目眩がするほど煩雑な事務処理と中間報告書の作成に追われることになります。学内の各種委員会、ハラスメント対策の講習、少子化に伴う学生集めのための広報活動、教職員の労務管理やメンタルヘルス対応。大学という組織の末端マネジメント層としての雑務は、年々肥大化を続けています。

その結果、現代のPIの多くは、もう何年も自らの手でピペットを握っていません。顕微鏡の前に座ってじっくりと細胞を眺める時間も、RやPythonを立ち上げてデータ解析のコードを自分で書く時間も奪われています。彼らは科学者というよりも、むしろ「中小企業の経営者」であり、研究費を回す「ファンドマネージャー」に変質してしまっているのです。ベンチから完全に隔離され、部下から上がってくるデータを「査読者にウケるストーリー」へと整形するプロデューサー業務に終始せざるを得ないのが、現代のPI職のリアルなディストピアなのです。

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あなたが50歳でPIになれなかったということは、裏を返せば、そのような「科学以外の虚業」に、人生の残りの貴重な時間を奪われずに済んだ、ということでもあります。

もし、今からあなたが無理をして小さなラボのPIになったと仮定してみましょう。そこで待ち受けているのは、若手偏重へと舵を切った現代のグラント公募からは年齢を理由に機械的に弾かれ、実績のある大型ラボと限られた予算を血で血を洗うように奪い合い、毎月のポスドクの給与や共通機器の使用料の支払いに文字通り精神をすり潰すような、終わりのない自転車操業の日々です。実験室に立つ時間は完全にゼロになり、ただ研究室という箱を「経営」するためだけに自分の時間を費やすことになります。

さらに、組織を率いるということは、学内の人間関係の軋轢や、学生の進路、ポスドクの業績に対する全責任を負うということです。それは、純粋に「自然の謎を解き明かしたい」と願う知的欲求とは、まったく質の異なるストレスの連続です。

私たちは、そのような経営者や書類作成の専門家、あるいは組織の調整役になりたくて、20代、30代のすべてを投げ打ってバイオ研究を志したわけではないはずです。

「PIになれなかった」という結果は、システム側から見れば「選別からの脱落」かもしれません。しかし私たちの側から見れば、それは商業主義的な学術界の奴隷労働から、合法的に「リリース(あるいは無罪放免)」されたことを意味します。私たちは、組織の維持という重い十字架を背負うことなく、純粋なプレイヤー(=職人)として現場に留まる権利を、結果的に担保されたのです。この事実に気づくことこそが、後半生のサバイバルにおける最大のパラダイムシフトとなります。

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大学の組織図に書かれた肩書きや、部屋の入り口に掲げられた「自分の名前が書かれたプレート」は、大学を辞めれば一瞬で消え去る外部の装飾にすぎません。しかし、非PIとして30年間ベンチで実験を行い、現場で日々戦ってきたあなたには、誰にも奪うことのできない「本物の資産」が、その肉体と頭脳に直接刻み込まれています。

あなたにはまず、誰にも真似できない一貫した実験技術の「知識・経験」があり、実験マニュアルの文字には決して書かれないプロトコルの行間(コツ)を五感で読み解く力があります。それは、幾度となく繰り返してきた膨大な失敗の記憶に裏打ちされたものであり、だからこそ、他人の論文や提示されたデータの嘘や無理を一目で見抜く圧倒的な審美眼としても機能します。さらに、他人に丸投げすることなく自らバイオインフォマティクスを動かし、生のシーケンスデータから真実を抽出する実戦的なコードの引き出しを携え、複雑な生命現象のパラドックスに直面しても、一時の流行に左右されることなく、歴史的文脈と豊かな経験則の中で深く解釈できる成熟した知性を持っています。

これらは、何年もベンチから離れ、他人が出したプロトコルを机上で評価し部下が持ってきたRの解析結果を見るだけになったPIには決して真似できない、現場の現役研究者だけの特権です。

大学の組織図における位置づけがどうであろうと、実際にデータを生み出し、自然の真理とダイレクトに対話しているのは、PIではなくベンチにいるあなた自身です。実験が成功した瞬間の、あの静かな興奮と震えを今なお肌で知っているのは、経営者となったボスではなく、あなたなのです。その誇りを取り戻したとき、PIという言葉にかけられていた「呪い」はその効力を失います。

私たちは、他人の評価やジャーナルのブランドロゴのために、科学を強引に折り曲げる必要はありません。ここから、本当の意味で自由な、そして最も贅沢な知の探求が始まるのです。

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第1回から今回にかけ、私たちは「50歳・非PI」という現実の受容から始まり、就職氷河期という構造的な罠の看破、そしてPIというポジションの虚飾の解体を進めてきました。

これらはすべて、あなたを縛り付けていた精神的な「檻」の鍵を壊すための作業でした。

「自分は敗北者ではない。ただ、狂った評価システムから放免されただけだ」

その確信を持てたとき、あなたの目の前には、組織の図面からも、ボスの思惑からも独立した、広大な「知の荒野」が広がっていることに気づくはずです。そこは、地位も名誉も与えられない代わりに、あなたが「本当に面白い」と思う問いに対して、誰の許可も得ずに、自らのペースでどこまでも深く潜っていくことができる、真の科学者のための聖域です。

【特別コラム #03】自らの「職人技」を、組織とボスの名前から分離する

PIという呪縛から精神的・実質的に解き放たれるための具体的な実践術は、ラボ内でのあなたの「職人技(スキル)」を、組織やボスのブランドから完全に切り離すことです。

多くの非PIは、「〇〇教授のラボの、〇〇の実験が上手なベテランさん」という見方を周囲からされ、自らもそれを甘んじて受け入れてしまいます。しかし、それではあなたの価値はラボの従属物のまま、ボスの実績に回収されて終わります。

今週から、以下の2つの意識改革を実行してみてください。

・「ボスの論文のパーツ」ではなく、「自分の技術のポートフォリオ」を構築する
 あなたが日常的に行っている実験、あるいはドライ解析を、単に「ボスの論文を通すための作業」と考えず、あなた自身の「独立した技術資産」として整理しておきましょう。実験プロトコルやデータ解析のコードのライブラリを、どのラボに移っても、あるいは万が一アカデミアの外に出ても、あなた一人の力で一瞬で再現できるように個人管理(GitHubのプライベートリポジトリやローカル環境など)するのです。

・ラボ内での発言を「技術的裏付け」で固定し、政治を無効化する
 会議の席などで、ボスが政治的な理由やジャーナル受けを狙って無理な実験計画やストーリーを立てようとした際、感情的に反論してはいけません。「現在のプロトコルにおける物理的限界」や「統計学的な解釈の閾値」を、冷静かつ論理的に指摘するポジションを確立してください。政治(=PI)に対して、揺るぎない技術(=非PI)の優位性を示すことで、ラボ内でのあなたの立ち位置は「従順な部下」から「代替不可能な専門家」へと変質します。

城を持たない職人は、城の崩壊(ボスの退官やグラント切れ)と共に消え去る必要はありません。道具と技術さえ手元にあれば、私たちはどこへ行ってもまた、自らの科学を始めることができるのです。

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