“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド
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第5回:商業主義の搾取により崩壊する査読システム
科学の信頼性を守る重要な砦。私たちは「査読(peer-review = ピアレビュー)」というシステムを、疑うことなく信じ込んできたのではないでしょうか。同じ分野の専門家が、互いの研究成果を客観的かつ厳格に検証し、科学の質を一定に保つ。この美しい「善意の互助会」のような仕組みこそが、近代科学をここまで発展させてきた強力なエンジンであったことは間違いないでしょう。
しかし、現代のアカデミアにおいて、この査読システムは完全に機能不全に陥り、そればかりか巨大な商業資本による「研究者の知的な搾取装置」へと変質してしまっています。
私たちは毎日の忙しい研究や雑務の合間を縫って、1円の報酬も出ない他人の論文の査読をボランティアで引き受けています。そのとき、私たちの貴重な時間と知性は、科学の発展のためではなく、大手の商業出版社が莫大な利益を上げるための「ただ働きのパーツ」として都合よく消費されているのです。50代を迎え、システムの表と裏、そのすべての配管を見通せるようになった皆様なら、アカデミア業界がひた隠しにする、この不都合な真実から目を背けるべきではありません。
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現在の主要な学術誌が採用しているビジネスモデルは、一般の経済社会の常識や市場原理から見れば、信じがたいほど歪んだ、奇妙な構造の上に成り立っています。
このシステムの恐るべき空洞化を紐解いてみれば、まず原材料となる論文は、研究者たちが国民の税金から出ている公的な研究費や大学の予算を使い、自らの身を粉にして実験を行い、無料で出版社へと提供します。さらに、その論文の品質管理にあたる査読のプロセスまでもが、現役の研究者たちの善意に基づく無償のボランティアによってすべて賄われており、出版社が専門家たちの高度な知的労働に対して対価を支払うことは一切ありません。さらには、掲載の段階に至っても、オープンアクセス化の名のもとに研究者側から数十万から150万円を超えるような莫大な掲載料を徴収し、そうして完成した雑誌という最終成果物を、今度はパッケージ契約という名目で研究者の所属機関(大学図書館など)に再び高額で売り戻すのです。
これほどリスクがなく、他人の労働と公的資金に全面的に寄生して暴利を貪るビジネスモデルが、世界の他の業界に存在するでしょうか。
大手の学術出版社が、並み居る巨大IT企業や一流の製薬企業すら遥かに凌駕する高い利益率(40%近くに達することもある)を毎年叩き出し続けている理由は、ここにあります。現代のアカデミアは、科学の進歩という美しい大義名分のもとで、商業出版社による構造的な搾取を自ら進んで受け入れ、その歪んだエコシステムを自らの手で補強してしまっているのです。
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この歪んだシステムは、当然のごとく、査読そのものの「質の崩壊」を現場にもたらしています。
現代の研究現場は、任期付き雇用のカウントダウンと、次のグラントを獲得するための激しい競争により、極端な「スピード至上主義」に支配されています。PI(研究室主宰者=ラボのボス)たちは自らのラボを維持するための書類仕事や資金集めに追われ、他人の論文をじっくりと精読する時間など1分も残されていません。非PIのベテランや若手研究者もまた、日々の実験と自らの論文執筆、さらには学内の雑務に追われ、限界まで心身をすり減らしています。
そこへ、毎日のように国内外のジャーナルから「査読の依頼」がメールボックスへと届くのです。断っても断っても、別の中堅誌や、雨後の筍のように乱立する新興のオープンアクセス誌から、自動送信システムによる矢のような催促が飛んできます。
結果として、現在の学術界では、査読を適切に引き受ける人材が圧倒的に不足する「査読者難民」現象が起きています。出版社は論文の回転率を上げて掲載料を稼ぎたいため、まともな査読者に断られ続けると、その分野の専門知識を十分に持たない未熟な大学院生やポスドク、あるいは全く専門外の研究者にまで、機械的に査読の網を広げていきます。
こうして時間のない中で行われる査読が、どのようなものになるかは火を見るより明らかです。
論文原稿の科学的な論理や実験の再現性を深く検証する時間も能力もないため、査読者たちは表面的なFigureの見栄え、統計処理の記号的な正しさ、あるいは自分たちの論文が都合よく引用されているかといった、枝葉末節ばかりを突くようになります。逆に、極めて巧妙に捏造されたデータや、一見華やかだが誰も追試できない砂上の楼閣のような論文が、エディター受けするストーリー性さえ備えていれば、ザルのような査読をすり抜けてトップジャーナルへと滑り込んでいくのです。
現代のバイオ研究が抱える深刻な「再現性の危機」は、個人の倫理観の欠如だけで片付けられる問題ではありません。無償労働に依存し、商業主義によって限界まで加速させられた「査読システムの底割れ」が引き起こした、必然的な構造災害なのです。
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50歳を過ぎ、非PIとして現場の酸いも甘いも噛み分けてきたあなたは、この欺瞞に満ちた「無償労働のループ」から精神的に一歩抜け出す権利をすでに持っています。
もしあなたが今、机の上に積まれた査読依頼のメールに対して、「断ればコミュニティへの義務を怠ることになるのではないか」「自分の論文が次に読まれるときに不利になるのではないか」という罪悪感や恐怖を抱いているなら、その呪縛を今すぐ解き放ちましょう。あなたの30年の経験によって磨かれた、データの嘘を見抜き、プロトコルの行間を読むという最高峰の「知の審美眼」は、商業出版社の利益を確定させるためのボランティアとして、易々と差し出すにはあまりにも貴重な、あなただけの固有の財産です。
他人の作った歪んだゲームの「都合の良い駒」として消費されるのをやめましょう。
私たちは、商業誌の権威を高めるための無償の門番になる必要はありません。その卓越した審美眼は、これからあなた自身が向き合う「本当の科学」のため、そして流行に流されず、真摯に自然と対話しようとする次世代の真の仲間たちのためにこそ限定的に使われるべきです。
学術界が押し付ける「義務」という名の仮面を剥ぎ取り、自らの知的エネルギーの主権を自分の手の中に取り戻すこと。それこそが、商業主義の嵐が吹き荒れる現代のアカデミアにおいて、誇り高き「持たざる研究者」が後半生を生き抜くための、最も賢明な生存戦略なのです。
【特別コラム #05】査読の依頼に対して、明確な「マイルール」を課す
現代のジャーナル資本主義から自らの貴重な時間と精神的エネルギーを守るための、今週の実践的なアプローチは、際限なく舞い込む査読依頼に対する「マイルール」を構築することです。
多くの真面目な研究者は、依頼が来ると「お世話になっているから」「義務だから」と、断ることに心理的抵抗を感じてしまいます。しかし、あなたの時間は有限です。今週から、以下のような基準を自分自身に課してみてください。
「年間〇本まで」と上限を決める
どれほど懇願されても、自分が1年間に引き受ける査読の総数を(例えば「年に3本まで」のように)厳格に決めておき、それを超えたものは内容に関わらず機械的に「定型文」で辞退する。
商業誌のレベルと「見返り」を見極める
高額な掲載料を徴収しながら研究者に一切の還元をしない大手商業誌の依頼は、原則として優先度を最低に落としても問題ありません。逆に、学会が運営している非営利の伝統的なジャーナルや、日頃からあなたの研究を正当に評価してくれるコミュニティの依頼のみ、自分の「知の寄付」として例外的に引き受けると良いでしょう。
あなたの知性は、他人のビジネスを潤すための無償提供するものではありません。自らのリソースに厳格なプライスタグをつけ、毅然とコントロールすること。それが、搾取の構造から抜け出すための、具体的な第一歩となります。

