“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド
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第8回:セカンド・オーサーという堅実なポジションを目指す
アカデミアの世界に長くいる人であれば、誰もが一度は刷り込まれてきた一つの強力な思い込みがあります。それは、「論文という学術資産は、巨大なファンドを獲得したラボのPI(コレスポンディング・オーサー)か、あるいは実際にその実験を最も多くこなした筆頭著者(ファースト・オーサー)でなければ価値がなく、それ以外のポジションはすべて添え物にすぎない」という、極端で硬直した二元論です。
確かに、個人の研究業績を機械的に査定し、ポイントを合算する公募や大学の人事選考では、ファースト論文の数が最優先でカウントされます。そのため、20代、30代の若手研究者やポスドクたちは、自らがファースト・オーサーの座を得るために躍起になり、時には同じラボの仲間とデータの所有権やFigureの順番を巡って、緊張関係が生じることも珍しくありません。
しかし、50歳を過ぎ、学術界という劇場の裏側の仕組みまで見通せるようになった私たちが、彼らと同じ視野の狭さに合わせる必要はどこにもありません。「ファーストでなければ意味がない」「自分はもう主役になれない」と考えるのは、実のところ一つの選択肢にすぎず、唯一の正解ではないのです。
むしろ、後半生における現実的で打率の高い戦略は、「主役(ファースト・オーサー)」という重労働とプレッシャーを伴う座を、意欲のある若手やポスドクに気前よく譲り渡し、自らはその背後で「セカンド・オーサー(あるいは共同筆頭著者、重要な共同研究者)」として、データや解析の実質を支えるポジションを確保することです。
主役の座を譲ることは、科学の第一線から退くことでも、自らの価値を下げることでもありません。論文がリジェクトされた際の全責任や、組織内の政治的な負担から一定の距離を置きながら、同時に複数のプロジェクトに関わることで、ラボ全体の論文生産性そのものに影響力を持つ立場へと移行することを意味します。
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ファースト・オーサーとして1本の論文を最初から最後まで完成させるために、現代のバイオ研究においてどれほどのコスト(肉体的・精神的なエネルギーと時間)が必要になるか、私たちはすでに実感として知っています。
未知のプロトコルの立ち上げに始まり、十分なサンプル数を稼ぐための地道な実験の繰り返し、査読者から要求される追加実験、そしてストーリーを組み立てるための何ヶ月にもわたる英文の推敲。これらの作業を一人で背負い込んだ結果、得られるのは「数年に1本のファースト論文」というのが実情です。任期のカウントダウンに追われる若手であればこの消耗戦にも意味がありますが、50代のベテラン研究者が同じやり方を続けることは、個人の時間とエネルギーの使い方として、あまり効率的とは言えません。
一方で、「セカンド・オーサー」という立ち回りには、これとは異なる効率性があります。
どのプロジェクトにおいても、若いファースト著者が自力では突破できない「技術的な壁」や「統計解析の限界」、あるいは「データ解釈の行き詰まり」が、どこかの段階で必ず発生します。たとえば、数ヶ月から数年かけて集めた生のシーケンスデータや、疾患モデルの時系列データ(梗塞体積やmNSSなどの複雑なマトリクス)が、適切な処理方法がわからないまま、ただのエクセルファイルとして放置されている。そうした場面で、経験のある立場から手を貸すことができます。
あなたが担当するのは、論文全体から見ればおそらく1割から2割程度の、しかし最も専門性が求められる部分です。tidyverseを使って乱雑な生データを整理し、factoextraなどを用いたPCAやUMAPの解析でデータの構造を可視化し、多重比較補正やノンパラメトリック検定といった、査読者から指摘の入りにくい統計処理を施す。あるいは、未熟なプロトコルを少し調整するだけで、データの再現性が安定することもあります。
この間、残りの8割を占める地道な実験作業や英文イントロダクションの執筆は、ファーストである若手が担当します。あなたは論文の中でも特に技術的な検証を要する部分に集中して関わり、結果として、その貢献はFigureの中に明確な形で残ります。それが、セカンド・オーサーという立場に自然に落ち着く理由です。
この関わり方の利点は、複数のプロジェクトに同時並行で関わることができる点にあります。1本のファースト論文に多くの時間を投じる若手を横目に、あなたはラボ内の3本、4本の論文にセカンド・オーサーとして関わり、自分の業績リストを着実に、そして効率よく積み上げていくことができます。
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このセカンド・オーサーとしての立ち回りを現場で積み重ねていくと、ラボのトップであるPIから見たあなたの価値は、かつての「一人の部下」「雇われているポスドク」という位置づけを超え、ラボ全体の運営を左右する「重要なセーフティネット」へと変化していきます。
現代のアカデミアにおいて、PIが抱える大きな懸念の一つは、自らが競争的グラントを獲得して立ち上げたプロジェクトが、実務を担当する若手ポスドクや大学院生のプレッシャーや技術力不足によって、途中で行き詰まってしまうことです。それはグラントの予算執行や、次回申請の実績にも関わる、研究室の運営上の大きなリスクとなります。
そこに、実験技術とデータ解析の両方に通じており、かつPIの椅子を狙うような政治的な野心を持たない、経験豊富な50代のベテランが控えている。これは、PIにとって心強い状況であるはずです。
ボスがプロジェクトの停滞に頭を抱えているとき、あなたは「彼(ファースト・オーサーとなる若手)のデータ解析のパート、私が少しRを動かして整理しましょうか」と、さりげなく申し出ます。ボスにとっては、渡りに船の提案となるでしょう。
あなたは若手を丁寧にサポートし、彼らのファースト・オーサーとしてのプライドや意欲を損なうことなく、論文を「パブリッシュ可能なレベル」へと引き上げていきます。ボスから見れば、あなたは「投下した予算を、確実に論文という成果につなげてくれる存在」であり、若手から見れば「行き詰まっていた自分を助けてくれた存在」になります。
誰も傷つけず、全員の利害を完璧に一致させながら、論文の実質的な学術的価値を担保する。これこそが、組織の肩書きに一切依存しない、現場の現役研究者だけが到達できる、最も気高く、最も実利的な「知のガバナンス」なのです。
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私たちは、他人の目を満足させるためだけの「虚名の主役」を演じる必要はもうありません。著者リストのトップに名前が載るかどうかに一喜一憂し、自らの価値を他人に値踏みされるステージからは、すでに一歩距離を置いています。
トップジャーナルのファースト・オーサーという立場には、常に「次も同じレベルの論文を出さなければならない」という緊張感がつきまといます。一方で、複数の論文のセカンド・オーサーとして、実質的なデータの支柱を引き受ける関わり方には、それとは違う種類の落ち着きと、科学そのものを楽しむ余裕があります。
あなたが関わった論文は、あなたの審美眼と実務的なコード、そして経験に裏打ちされたプロトコルによって支えられているため、時間が経っても揺らぎにくい再現性を備えています。話題性はあっても中身の伴わない論文が数年で忘れられていくのを横目に、あなたが関わった論文は、堅実な基礎研究としてコミュニティに引用され続けていくでしょう。
肩書きや著者順という、人間が作った記号にすぎないものに縛られる必要はありません。
データを支え、論理を組み立て、論文の実質を裏側から支えているのは、他でもないあなた自身です。その静かな自負を胸に、今週も現場のベンチでピペットを握り、コードを走らせていきましょう。研究という仕事において、最後に評価されるのは、肩書きではなく、手を動かし続けた者なのです。
【特別コラム #08】「共同研究のハブ」となるための、3つのデータハンドリング作法
ラボ内、あるいは他ラボとの共同研究において、頼りにされる「セカンド・オーサーの担い手」になるための、今週からすぐに実践できる具体的なデータハンドリングの作法を共有します。若手が自然とデータを持ち込みたくなるような立ち位置を、自分の中に作っていくためのポイントです。
1. 「生データ」を否定せず、まずそのまま受け止める
若手が実験に失敗したり、想定とは違うばらつきの大きいデータを持ってきたりしたとき、感情的に指摘したり、能力を否定するような態度を取ったりする必要はありません。「なるほど、面白い傾向が出ているね。Rのggplot2で分布を可視化して(バイオリンプロットやドットプロットなど)、何が起きているか一緒に見てみよう」と、まずは客観的に受け止めることです。「失敗を隠さなくていい」という安心感を作ることが、良質なデータが自然に集まってくるための最初の条件になります。
2. 統計解析の「引き出し」を複数示し、行き詰まったストーリーを立て直す
単に「t検定」や「ANOVA」を機械的に回すだけでなく、データが正規分布していない可能性を踏まえたノンパラメトリック検定や、サンプル数が少ない場合のpermutation test(置換検定)、多変量データを俯瞰するためのPCAのコードなど、ボスや若手がすぐには思いつかない解析の選択肢を、スクリプトのテンプレートとともに提示してください。こうした引き出しの多さは、行き詰まっていた論文のストーリーに新しい展開をもたらすことがあります。
3. 「見栄え」ではなく「堅牢なロジック」を先回りして仕込む
査読者が指摘してくるであろう、コントロール設定の甘さや統計的多重性の問題を、事前に補正しておく解析コード(BonferroniやBenjamini-Hochberg法など)を論文のドラフトに仕込んでおいてください。若手が論文を投稿した際、査読者から「統計処理が丁寧で信頼できる」というコメントが返ってきたとき、あなたのセカンド・オーサーとしての評価は自然と定着し、次のプロジェクトでも声がかかりやすくなります。
主役の座を譲ることは、自分の価値を手放すことではありません。彼らの実働力を活かしながら、自分の知見を最も効率的な形で研究に還元していく、実践的なやり方の一つなのです。

