“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド
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第11回:比較からの脱出と知の純粋な歓び
アカデミアという世界は、一見すると知性と理性が支配する落ち着いた場所に見えます。しかしその実態は、他の多くの業界と同じように、目に見える実績や評価をめぐる、かなり熾烈な競争の場でもあります。
より高いインパクトファクターのジャーナルに論文を通すこと、より大きな競争的研究費(グラント)を獲得すること、そして学会で周囲から一目置かれるPI(もしくは教授)の椅子を得ること。私たちは若い頃から、こうした目に見える指標こそが「研究者としての成功」であり、それを得られなければ「うまくいっていない」という価値観を、当たり前のものとして受け取ってきました。指導教官の評価、ラボ内での序列、学会での挨拶の順番。こうした細部にまで、この価値観は染み込んでいます。
しかし、そのレースの渦中に身を置き、教授選のプロセスや論文採択をめぐる駆け引きを30年近く観察してきた私たちは、一つの事実にすでに気づいているはずです。それは、『その競争には明確な「ゴール」が存在しない』、ということです。
大きなグラントを獲得したPIは、次の更新期が近づけば資金が尽きる不安に悩まされ、トップジャーナルに論文を出した研究者は、翌年には後続の成果に注目が移っていくのを目にすることになります。ある基準(ノルマとも言い換えられる)を満たせば、その先には必ず次の基準やノルマが用意されている。IF10の雑誌に論文を通せば、次はIF15の雑誌が目標になる。1つのグラントを獲得すれば、次はより大きなグラントが視野に入ってくる。他人が作った物差しに自分の満足を委ねている限り、どれだけポジションを上げても、この構造自体は変わりません。
50歳を過ぎ、非PIという立場に立つ私たちが、まず取り組むべきことがあります。それは、この終わりのない比較から少し距離を置き、レースそのものへの参加を意識的に減らしていくという判断です。これは競争を否定することではありません。論文を書くこと自体をやめる必要もありませんし、成果を出すことに意味がないと主張したいわけでもありません。ただ、自分が超えるべき「基準」を、他人の評価から自分の内側へと少しずつ移していく、ということです。ただし、この移行は一度に完了するものではなく、日々の小さな選択の積み重ねの中で、時間をかけて進んでいくものだと考えておくのが現実的です。
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他者が作った物差しへの依存を弱めたとき、私たちの目の前には、若い頃に思い描いていたはずの「科学そのものの面白さ」が、あらためて姿を現してきます。
私たちが向き合うべき相手は、隣のラボのPIでも、評価が厳しい人事委員会でも、査読者の細かい指摘でもありません。長年ベンチの前で向き合い続けてきた、自然そのものの現象です。
科学をゲームとして例えるなら、本来は、科学とは他者と競う「競争のゲーム」である以前に、未知の現象に光を当てていく「探索のゲーム」だったはずです。多くの研究者が学生時代に科学を志した動機を思い出してみれば、それは論文の数やインパクトファクターではなく、「なぜこうなるのか分からない」という、素朴な問いへの興味だったのではないでしょうか。
誰よりも早く発見者になることや、目立つ発表で注目を集めることへの関心が薄れたとき、研究へのアプローチは少しずつ変わっていきます。
なぜ、この対照群(コントロール)のデータには、想定していなかった小さなノイズが混ざるのか。なぜ、特定の変数を導入したときだけ、Rの散布図上に奇妙なクラスタリングが現れるのか。なぜ、同じプロトコルで実施しているはずなのに、季節によって再現性に差が出るのか。
こうした問いは、目先の業績を追う中では、しばしば「ノイズ」や「外れ値」として処理され、深く検討されないまま流されてしまいます。論文のストーリーに合わない結果は、多くの場合、Caveatか、あるいは「今後の課題」として片付けられ、忘れられていきます。しかし、その小さな現象の裏に、実は見過ごされてきた重要な仕組みが隠れていることがあります。それに気づき、締め切りに追われることなく、静かなベンチで一つずつ検証していく。その過程には、他者からの評価とは別の種類の、地に足のついた満足感があります。
これは、成果を急がなくてよいという意味でもあります。若手であれば、任期内に結果を出す必要に迫られ、こうした「寄り道」に時間を割く余裕はなかなか持てません。しかし、非PIという立場で、かつ自分のペースで研究に向き合える環境にある私たちには、こうした問いをじっくり追いかける時間的な余地が、以前よりも確保しやすくなっているはずです。
非PIという立場になった私たちは、論文の採択やグラントの獲得という「手段」を目的化してしまう状態から少し自由になり、研究そのものに向き合う時間を、以前より多く持てるようになっているはずです。
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人生の後半において、私たちが目指すべきは、実績や肩書きをどこまでも積み上げていく「足し算のキャリア」だけではありません。自分にとって本当に必要なものを見極め、それ以外を少しずつ手放していく「引き算の視点」も、同じくらい重要になってきます。
研究者として長く生きてくる中で、私たちはすでにいくつかのものを手放してきています。
・教授選や学内の権力構造への積極的な関与
・肩書きや対外的な見栄えへのこだわり
・特定の組織やラボの将来に対する、過度な責任の引き受け
・若手の頃には気になっていた、周囲との細かい業績比較
一見すると、これらは「失ったもの」のように見えるかもしれません。実際、こうした変化を寂しく感じる瞬間があっても、それは不思議なことではありません。長年当たり前だと思ってきた価値観から離れるのですから、多少の喪失感が伴うのは自然なことです。しかし、視点を変えれば、これらは「本来抱える必要のなかった負担の整理」とも言えます。
過度な見栄や政治的な関与を手放した後に残るのは、余計な摩擦の少ない状態と、自分の裁量で使える時間や集中力です。会議の準備に費やしていた時間、学内政治の動向を気にかけていた神経、他人の業績を意識して感じていた小さな焦り。これらを少しずつ手放していくことで、その分のエネルギーを、本当にやりたいことに振り向けられるようになります。
雑務や会議に追われ、自らピペットを握る時間を確保できなくなっているPIを横目に、私たちは明日も、使い慣れたベンチに座り、Rのスクリプトを走らせ、データと向き合うことができます。これは、決して当たり前の贅沢ではありません。
「持たざる者」というのは、何も持っていない人という意味ではありません。自分にとって本当に必要なものを見極め、それ以外を手放した結果として、「研究に向き合う自由な時間」という、ある意味で最も得がたいものを手にしている状態を指しています。
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50代の非PIとして生きる道は、時に静かで、孤独を伴うものです。
学会の懇親会で、活発に交流する若手研究者や、周囲に人が集まるPIたちの輪から少し離れた場所で過ごすとき、ふと寂しさを感じる瞬間があるかもしれません。それは自然な感情であり、無理に押し殺す必要はありません。むしろ、そうした感情を否定せずに認めておくことのほうが、長い目で見れば精神的に健全だと言えるでしょう。
ただ、その孤独は、必ずしもネガティブなものだけではないとも言えます。それは、他者の評価軸に頼らずに、自分の判断で立っているからこそ生まれる感覚でもあるからです。組織の中心にいる人ほど、常に誰かの視線や評価を意識せざるを得ません。一方、その中心から少し離れた場所にいる私たちは、良くも悪くも、自分の判断で時間の使い方を決められる自由を持っています。孤独と自由は、多くの場合、表裏一体の関係にあります。
私たちは、誰かに評価されるためだけにベンチに立っているわけではありません。長年かけて培ってきた知性を使い、自然の仕組みに触れ、その過程そのものに関心を持ち続けているからこそ、今日もピペットを握り、キーボードを叩いています。
学術界の中で目立つポジションを目指す競争は、それを望む人たちに委ねてもよいのではないでしょうか。誰もがその競争に参加する必要はなく、参加しないという選択も、等しく一つの生き方です。
私たちは、その競争の外側で、誰かの評価を過度に気にすることなく、自分の持ち場でベンチに立ち続けることができます。その姿勢の積み重ねが、後半生の研究者としての時間を、これまでとは違った形で意味のあるものにしていくはずです。
【特別コラム #11】「外部の物差し」から少し距離を置くための、3つの習慣
今回の実践ワークは、日々の研究活動の中で知らず知らずのうちに影響を受けている「他者評価への意識」を、少し緩めるための習慣づくりです。大がかりな変化を求めるものではなく、日常の中に小さな間を作ることが目的です。
1. 「インパクトファクター(IF)」を評価の第一基準にしない
論文や自分のデータに触れるとき、「これは何点の雑誌に通るか」という考えが浮かんだら、一度立ち止まってみてください。代わりに、「このデータのどこが興味深く、どこが説明のつきにくい部分か」という、内容そのものへの問いに意識を向け直します。この切り替えを意識するだけでも、データの見方が少し変わってくるはずです。
2. 他の研究者の近況への接触を、意識的に減らす
X(旧Twitter)やResearchGateなどで、同世代の研究者の実績報告を目にする機会を、意識的に減らしてみてください。他人の状況と自分の日常を比較し続けることは、思いのほかエネルギーを消耗します。通知をオフにする、閲覧する時間帯を決めるなど、具体的なルールを一つ決めておくと実践しやすくなります。
3. 1日15分、「目的のないデータとの対話」の時間を作る
論文のFigureにするためでも、報告のためでもなく、ただ自分が気になるという理由だけで、過去のデータを見返したり、Rで新しい描画方法を試したりする時間を、15分だけ確保してみてください。
業績という基準から離れたその15分間の中に、研究を始めた頃に感じていたはずの興味や関心が、意外な形で残っていることに気づくかもしれません。

