Nature/Scienceのニュース記事から
Tweet第79回(2015年1月6日更新)
キメラ抗原受容体を導入したT細胞による白血病治療が熱い
人体には、発生した癌に対して自ら免疫系を働かせこれを排除しようとする「腫瘍免疫」という機構が備わっている。腫瘍細胞は正常細胞にはないタンパク質を発現することがあり、そのようなタンパク質が腫瘍免疫の標的となる。
このような腫瘍免疫を利用して癌を攻撃する免疫療法では、まず免疫細胞が腫瘍を認識する必要がある。腫瘍細胞はその表面に発現しているMHC分子に腫瘍抗原が結合した状態で、T細胞に腫瘍抗原を提示する。抗原認識を担うのは、T細胞表面に発現しているT細胞受容体(T cell receptor: TCR)である。このような腫瘍抗原の提示により、T細胞は腫瘍細胞を認識できるようになり、腫瘍細胞を攻撃する。
しかし、自然に備わった腫瘍免疫機構を利用した免疫療法は、思うような成果を上げていない。その理由として、まず挙げられるのは、腫瘍抗原は内因性のタンパク質であるために、惹起される免疫反応が弱いことである。さらに、腫瘍細胞が自身の発現する腫瘍抗原やMHC分子、あるいはTCRへの刺激を増強する分子などの発現量を低下させて腫瘍免疫を回避しようとすることも免疫療法の効果を弱める原因となっている。
そこで、腫瘍細胞による腫瘍免疫回避機構に打ち勝つために考案されたのが、今回紹介する「キメラ抗原受容体を導入したT細胞」である。キメラ抗原受容体とは、腫瘍抗原を認識する抗体のリガンド結合領域(細胞外領域)とTCRの細胞内領域を融合させたものである。キメラ型抗原受容体はCAR (Chimeric Antigen Receptor) と呼ばれる。このような融合タンパク質をT細胞に発現させることにより、抗原提示にMHC分子が必要なくなる。最新のCAR-T細胞では、T細胞への刺激を増強する分子等も組み込まれ、改良が進んでいる。
CAR-T細胞を用いた癌治療の研究が最も進んでいるのは、白血病の領域である。その原理は、CAR-T細胞に癌化したB細胞を攻撃させるというものである。ほとんどのB細胞に発現しているCD19というタンパク質に対するモノクローナル抗体のリガンド結合領域とTCRの細胞内領域を融合させたCARを患者のT細胞に導入し、B細胞を認識、攻撃させる。
ただし、CD19が理想的な標的分子だというわけではない。CD19は癌化したB細胞だけでなく正常なB細胞にも発現しているため、この療法によりB細胞がほぼ全て死滅することもある。しかし、それでも患者は生存することが可能ではある。
少なくとも5社の大手製薬企業がCAR-T細胞を用いた治療に足を踏み入れている。また、小規模のバイオテク企業も参入し、巨額の投資を集めている。ある臨床試験では、参加した6人のリンパ腫の患者全員において、腫瘍の形跡が完全に消失したという。また、別の臨床試験では、慢性リンパ性白血病の患者23差人のうち9人で、主要組織量が低下した。さらに、より進行性の高い急性リンパ性白血病(ALL)においては30人の患者のうち27人において、腫瘍の形跡が完全に消失し、2年後になってもCAR-T細胞が血中に残っていた。
このように、夢の治療法とも言えそうなCAR-T細胞であるが、課題もある。まず1つは安全性である。CAR-T細胞療法によりインターロイキン6の量が以上に増加したことによる死亡例が複数あり、これにより少なくとも5つの臨床試験が中止されている。また、もう1つの課題は製造コストである。CAR-T細胞を用いた治療コストは50万ドル(約5千万円)を超えるのではないかと考えられる。このため、おそらく治療効果があったとき飲み料金を支払うというような形が取られることになるだろう。
これらの課題が解決されれば、CAR-T細胞は真の夢の治療法となりそうだ。
http://www.nature.com/news/immune-cells-boost-cancer-survival-from-months-to-years-1.16519