Nature/Scienceのニュース記事から
Tweet第97回(2016年3月16日更新)
CRISPR/Cas9特集
CRISPR/Cas9は最近急激に広まっているゲノム編集技術で、その広まりによる生活への影響についてNature Newsで特集(http://www.nature.com/news/crispr-everywhere-1.19511 )が組まれている。そのうち一部の記事の概要を紹介する。
■ Policy: Reboot the debate on genetic engineering
http://www.nature.com/news/policy-reboot-the-debate-on-genetic-engineering-1.19506
遺伝子改変植物・動物の規制についての記事。遺伝子を改変する過程を規制対象とするか、それとも遺伝子改変の結果できた製品を規制対象とするか、という議論は不毛だという主張が紹介されている。その根拠として、そのような議論をしている間にいくつもの遺伝子改変製品が審査を受けることなく市場に出回ってしまっていることを挙げている。また、製品を対象とした規制は科学的であるのに対して作製過程に対する規制は感情的・イデオロギー的だという考え方にも反論している。
■ Welcome to the CRISPR zoo
http://www.nature.com/news/welcome-to-the-crispr-zoo-1.19537
CRISPR/Cas9技術を用いたゲノム改変動物の作製についての記事。これまでに製品化された例から非常に野心的な計画まで、様々なケースが紹介されている。
ニワトリ: ワクチンのほとんどは鶏卵を使って作られているため、鶏卵アレルギーがあると、ワクチンを受けることができない。鶏卵アレルギーはほとんどが、白身の特定のタンパク質により引き起こされている。このタンパク質をコードしている遺伝子を破壊した細菌は、鶏卵アレルギーのある人の血清でアレルギー反応を引き起こさない。これをもとに、ニワトリでCRISPR/Cas9技術を用いてこの遺伝子を改変すれば、アレルギーを引き起こさない鶏卵を作ることができるのではないかと考えられる。
ハチ: ハチの中には非常に衛生的な亜種があり、このハチは巣から病気の幼虫を取り除き巣を非常に清潔に保つため、ダニやカビ、その他の病原体の被害に遭いにくい。この衛生的な行動を引き起こしている遺伝子を同定し、これを他の種のハチに導入することで、近年急激に減少しているミツバチを救うことができるのではないかと考えられる。
マンモス: 4000年前、ヒトによる乱獲によりマンモスは絶滅した。現在、熱感知と体毛成長を調節している遺伝子をインドゾウで改変して、マンモスに変化させる、あるいは少なくとも体毛のフサフサしたゾウを作製するという野心的な試みが進行中である。これらの遺伝子を改変した細胞は通常より低い温度でも生存することができること、また、そういう細胞を持つマウスは低音を好むことがわかっている。
■ Governance: Learn from DIY biologists
http://www.nature.com/news/governance-learn-from-diy-biologists-1.19507
いわゆる科学研究者ではなく、一般人が作る科学コミュニティ(DIY biologistと呼んでいる)の存在についての記事。そういう人々が使えるオープンラボスペースが世界各地で運営されていて、それらの人々がCRISPR/Cas9技術を使えるかどうか、使っているのかどうか、使うとどうなるのか、また、そのようなコミュニティ内部で起こっている自己規制がどのようなものか、について紹介されている。
こうしたDIY biologistたちがゲノム編集技術を悪用して殺人ウイルスなどを作ってしまうのではないかというような脅威を指摘する声が一部にある。CRISPR/Cas9技術に必要な試薬は、実は既に一般人にも容易に入手が可能であり、実際に、ある遺伝子改変マシンコンペ(高校生なども参加する)では、参加者に配られたスターターキットにCRISPR/Cas9プラスミドが入っていたこともある。
ただし、実際に使っているのは少数で、彼らが行っているのは従来の技術を使ったDNA操作である。殺人ウイルスを作るにはもっと高度な技術と知識が必要であり、一般のDIY biologistの知識とオープンラボスペースの設備では無理なことであると考えられている。また、これらのコミュニティは自発的にルールを策定しており、バイオテクノロジーによる安全性の問題について進んで考える姿勢においては、むしろ従来の生物学研究者コミュニティを上回るほどではないかとも言われている。