女性研究者座談会
Tweet中編:キャリアと家庭、その狭間で(更新日:2026年9月26日)
座談会参加者
田中真由美(仮名)|50代前半・アカデミア
現職:アメリカの某大学 Assistant Professor
専門:神経科学
経歴:日本で博士号取得後、ポスドクとして渡米。米国で20年以上研究をしている。
家族構成:独身
佐藤彩香(仮名)|30代後半・インダストリ
現職:某製薬会社 研究者
経歴:日本の大学院卒業後、アメリカの大学でポスドクをしたあとで製薬企業へ転職。
家族構成:夫、子ども2人の4人家族
中村里奈(仮名)|30代後半・アカデミア
現職:アメリカの某大学 Instructor
専門:分子生物学
経歴:博士号取得の2年後にポスドクとして渡米。
家族構成:既婚で子どもはいない
松本恵子(仮名)|20代後半・アカデミア
現職:アメリカの某大学 ポスドク
経歴:博士号取得後、ポスドクとして渡米
家族構成:独身
司会(編集部):前編では、皆さまがアメリカに来られたきっかけや、実際に研究を始めてから感じたことについてお伺いしました。中編では、もう少し踏み込んで、研究費やキャリア形成、そしてプライベートとの両立について伺えればと思います。まず田中さん、研究費の獲得について、具体的にはどのような苦労がありますか?
田中(アカデミア):そうですね、アメリカでは研究費がないとラボ自体を維持できないので、常にグラントの申請に追われています。NIHのグラントは採択率が10%程度と言われていて、何度も書き直してようやく通る、みたいなことがざらにあります。しかも、一度取れても数年後にはまた更新の審査があるので、正直、気が休まるときがないですね。
中村(アカデミア):田中さんのラボは、今何人ぐらいいらっしゃるんですか?
田中:ポスドクが1人、大学院生が1人、テクニシャンが1人という感じです。もっと大きくしたい気持ちもあるんですが、人を雇うとその分、給料を払い続けなくちゃいけないので、グラントが切れたときのリスクを考えると、なかなか踏み切れないですね。
佐藤(インダストリ):そのあたり、企業だと少し事情が違いますね。予算はもちろんありますけど、グラントを自分で取ってくるわけではないので。その代わり、会社の業績が悪くなったり、そうでなくても上の方針が変わったりするだけでも、レイオフという形で人員整理が入ります。さっきも話しましたけど、私自身、一度経験してますし。
司会:アカデミアとインダストリ、それぞれ違ったプレッシャーがあるんですね。中村さんは、今後インダストリに転向することも考えているとおっしゃっていましたが、その決断のポイントはどのあたりにあるのでしょうか。
中村:正直、まだ迷っています。アカデミアに残るなら、この先ポスドクを続けてどこかで独立PIのポジションを探すことになりますが、狭き門ですし、もし取れなかったら、と考えると怖いです。かといって、インダストリに行くのも、一からその世界を学び直すような感覚があって、簡単な決断ではないですね。
田中:中村さんは優秀だから、そんなに心配しなくても大丈夫だと思いますよ。私が中村さんぐらいの歳の頃は、そんなにしっかり将来のことを考えてなかったですから(笑)。
中村:そう言っていただけると、少し楽になります(笑)。
松本(アカデミア):私はまだポスドク1年目なので、正直、その先のことはあまり考えられていません。今は目の前の実験を回すのに必死です。
佐藤:それでいいと思いますよ。私もポスドクの頃は、次のことを考える余裕なんてなかったです。むしろ、当時からキャリアプランをきっちり立てられる人の方が少数派じゃないでしょうか。
司会:ちょっと話題を変えて、研究環境そのものについても伺いたいのですが、日本とアメリカで、ラボの雰囲気やメンターシップのあり方に違いを感じますか?
田中:それはかなり感じますね。アメリカでは、ボスと学生・ポスドクの関係が、割とフラットというか、対等に議論することが求められる雰囲気があります。もちろんボスによりますけど。あと、ラボミーティングでの突っ込みが日本よりずっと厳しいと感じます。
松本:私のラボもそうです。最初、ミーティングでボロボロに言われて、正直心が折れそうになりました(笑)。でも、今思うと、あれは私を否定してたわけじゃなくて、データの解釈について本気で議論してただけなんですよね。
中村:わかります。私も最初はそれに慣れなくて、指摘されるたびに「私、向いてないのかな」って思ってました。でも周りに聞いたら、みんな同じように言われてるってわかって、少し楽になりました。
佐藤:企業だと、そこまで厳しくやり合う場面は少ないですけど、その代わり、成果を出すまでのスピード感が求められますね。悠長にじっくり考える時間はあまりないです。
田中:あと、メンターシップという意味では、こっちは「自分でキャリアは切り開くもの」という意識が強いように思います。日本にいたときは、ボスが弟子を育てるみたいな感覚があった気がするんですけど、こっちは、ボス自身も忙しいですし、自分から動かないと誰も助けてくれない、というのが正直なところです。
中村:それ、すごく感じます。だから、メンターはボス以外にも複数持った方がいいってよく言われますよね。
田中:そうそう。私も今のラボのボス以外に、他の大学の先生に相談したりすることがあります。
司会:日々の働き方についても伺いたいのですが、日本と比べて、労働時間や休暇の取り方に違いはありますか?
田中:休暇の取りやすさは全然違いますね。同僚が2週間ぐらいまとめて休みを取ることも珍しくないです。ただ、アカデミアの場合、休んでいる間も頭の片隅では研究のことを考えてしまうので、完全なオフというのは難しいですけど。
佐藤:企業はもう少しオンオフがはっきりしています。有給休暇もしっかり取るのが当たり前という雰囲気ですね。ただ、締め切り前とかは、日本と変わらないぐらい忙しくなります。
中村:ポスドクだと、正直あまり休みは取れていないです・・・。夏休みらしい夏休みを取った記憶がここ数年ないかもしれません(笑)。
松本:私も同じです。ボスは休めって言ってくれるんですけど、実験の都合でなかなか休めなくて。
田中:それはよくないですね。ワークライフバランスは、意識して取りに行かないと、どんどん研究に飲み込まれてしまいますから。
司会:ここで少し話題を変えて、女性研究者として働く上で感じる難しさについて伺いたいのですが、いかがでしょうか。
田中:これは、はっきり言ってありますね。学会でも、いまだに女性研究者の比率は低いですし、特に上のポジションになればなるほど、男性ばかりの場に一人だけ女性、ということも珍しくありません。あからさまな差別というよりは、無意識のバイアスみたいなものを感じることが多いです。例えば、会議で同じことを言っても、男性が言うと説得力があるように聞こえて、女性が言うと聞き流されたりとか。
佐藤:それ、すごくわかります。企業でも似たようなことはありますね。あと、育児をしていると「マミートラック」って言葉がありますけど、責任のある仕事を任されにくくなるという話も聞きます。私自身はそこまで感じたことはないんですが、周りにはそういう経験をしている人もいます。
中村:私のラボでも、女性のポスドクが妊娠を報告したら、ボスの反応が微妙に変わったという話を聞いたことがあります。あからさまに何か言われたわけではないみたいですけど、その後、任されるプロジェクトが変わったりとか。
松本:怖いですね、それ。
田中:まあ、こういう話をすると身構えられてしまうかもしれないですが、それでも私は、日本にいたときよりはずっと働きやすいと感じています。日本にいた頃は、女性が研究を続けること自体が「特別なこと」として扱われている感覚があったので。こっちでは、少なくとも制度としては、みんな平等に扱われるべきだという前提があります。
佐藤:それはありますね。育休や産休の制度も、会社によってはかなり手厚いところもありますし。
中村:具体的には、どれくらいの期間、休めるものなんですか?
佐藤:私の会社の場合は、産休・育休合わせて4ヶ月ぐらいは、ほぼ有給で休めました。夫も、2週間ほどパタニティリーブを取ってくれて、助かりました。
田中:アカデミアだと、そのあたりはポジションや大学によってかなりバラつきがありますね。ポスドクだと、そもそも制度自体がしっかりしていないこともあります。
中村:まさにそこが不安なんです。もし妊娠したら、ラボのプロジェクトはどうなるんだろうとか、色々考えてしまいます。
田中:そこは、ボスや大学の人事にきちんと確認しておいた方がいいと思いますよ。聞きにくいかもしれないですけど、知らないまま不安を抱え続けるよりはいいので。
司会:アメリカでの生活面、特に経済的な部分について伺えますか。物価や税金、保険など、日本とは違う大変さもあるかと思うのですが。
佐藤:それは本当に大変です(笑)。特に保険。会社員だと会社の保険に入れるのでまだいいんですが、アカデミアの、特にポスドクの保険は正直、心もとないことが多いです。
田中:そうなんですよね。私もポスドクの頃は、保険の自己負担額が高くて、病院に行くのをためらったことがあります。
中村:私も今、それで悩んでます・・・。歯医者とか、なかなか行けてないです。
松本:私もです。日本にいたときは、こんなに医療費のことを気にしたことなかったので、最初は本当に驚きました。
司会:最後に、日々のストレス発散や、コミュニティとのつながりについても伺えますか。忙しい研究生活の中で、どうバランスを取っていらっしゃいますか。
佐藤:私は、同じように子育てしながら働いている日本人のママ友グループがあって、そこでの愚痴の言い合いにすごく助けられています。日本語で気兼ねなく話せる場所があるのは大きいです。
中村:私は、夫と週末にハイキングに行くのが息抜きです。あと、こっちに来てからヨガを始めました。忙しいと余裕がなくなりがちなので、意識的に体を動かす時間を作るようにしています。
松本:私はまだそこまで余裕がなくて・・・。強いて言えば、週に一度、オンラインで日本の友達と話す時間を作っています。それだけで結構、気持ちが軽くなります。
田中:私は長年こっちにいるので、日本人・非日本人問わず、気の合う友人がある程度できました。でも、正直、若い頃はもっと孤独でしたね。特にポスドク時代は、友達を作る余裕もなくて。だから松本さんの気持ち、すごくわかります。焦らなくて大丈夫ですよ。
松本:ありがとうございます・・・。
佐藤:あと、SNSも結構使ってます。同じような境遇の日本人研究者のコミュニティがオンラインにもあって、情報交換したり励まし合ったりしています。
司会:横のつながりが、精神的な支えになっているんですね。
田中:あと、こっちには日本人研究者のネットワークみたいなものもあって、定期的に集まって情報交換する機会があります。分野を超えて色々な話が聞けるので、刺激になりますね。
佐藤:私もそういう集まりに何度か参加したことがあります。同じような悩みを持つ人と話せるのは、本当にありがたいです。
(後編へ続く)

