研究者の声:オピニオン
Tweet2012年6月29日更新
科学英語に関して(2ページ目/全5ページ)
■科学英語に関して その2:レゲット博士の寄稿
学術雑誌でも英語を母国語としない研究者には、Manuscriptのレビューを英語のネイティブ・スピーカーである科学者にしてもらうよう推奨、あるいは要求し(*1)、それをサポートする仕組みも始まっています(*2)。
こうしたシステムには異論があるものの、科学者の多くはどこの国の人でも英語で書くことができるという能力の必要性を感じているようです。応用科学はその限りではないようですが日本でもその認識とプレッシャーは高まる一方です(*3)。また、その傾向を支持するように、日本からの英語の論文の数は年を追うごとに著しく多くなっていることがわかっています(*4)。
このように科学の国際化(英語化)が進む時代、ノーベル物理学賞を2003年に受賞したDr.
A. J. Leggettは、1967年に日本の物理学者に向けて科学英語に関する論文を投稿しました(*5)。日本語の特性を知った上で、英文の特徴を科学者が記述しているという稀な論文です。その論文を紹介したいと思います。
ちなみに、ノーベル賞関連で科学英語に関連してこんなエピソードがあります。
・Dr. Barry Marshallは、 ピロリ菌(胃癌・胃潰瘍などを引き起こす)に関する80年代の研究が認められ、2005年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。しかし、彼の研究の60 年以上前に、日本人はピロリ菌の研究についてそれに劣らない業績を上げていたそうです。日本人は論文を英語で書く傾向が無かったために、そういった業績は 埋もれたままだとされています。またそういう実績があったからこそ、国際化が進んだ現代に日本人科学者には期待を寄せられています(*7)。
・MITの利根川進博士は1987年にノーベル医学生理学賞を受賞した後の、京都で行われた記念講演で英語を勉強するように伝えたそうです(*2)。
では、Dr. Leggettが物理学会誌に寄せた論文を紹介したいと思います。この論文は物理学者向けに書かれたもので、物理学表現の例が多いのですが、私は分野を問わず一読する価値はあるものと考えています。
Dr. Leggettは論文の導入部分において、Elegant(優雅な)な表現ではなく、Foolproof(誰でも無難に扱える)な表現を用いるようにと、簡潔さを求める必要性を述べています。また文章の理解にそれほど影響の無い(a,
theなど)よりも、混乱・誤解を招きうる英単語の誤用や文章構成を重要視しています。この論文は、日米の論理構成の考え方の考察・紹介し、各論へと入っていくのですが、このコラムでは全部は紹介できませんので、今回はその論理学的な話(p791)に絞って紹介したいと思います。
Dr. Leggettは日米の論理構成の違いゆえ、日本語で上手に書ける人であっても、英語の論文を上手に書けるわけではないとさえ言っています。その構成の違いについて、次のように述べています。
(i)日本人の書く文章は、過去の研究内容を紹介し、あるいは異なる論理を複数紹介した後に、1つの論点にたどり着く構成を採りがちである。従って、最初から最後まで読んで、1つの骨子が理解できる文章が構成される。
(ii)一方、英語の科学論文では、一貫した仮説・論理が1つ存在し、それを支えるように比較・検討が成される。従って、1つ1つの文章・パラグラフが、既述された内容に従う構成が採られる。
英語を母国語とする人は、後者(ii)の構成に慣れているために、(i)の構成の文章、(i)と(ii)が混ざった文章は、理解し難いものと感じる。
いかがでしょうか。全く同様のことが、Inter-biotecという生命科学分野で執筆をサービスとする機関により紹介されています。そのInter-biotecのWriting
Courseで紹介されいてる論理構成に関する指針を参考に、1つの質問を考えてみました。
皆さんが、研究論文を書いているとします。皆さんの手元には、
1) 自身の研究成果
2) 他人の過去の論文
があります。Discussion Sectionの構成について、次の2つのうちどちらの構成を考えますか?
1.研究成果を簡単にまとめて、それについて論述し、
そして過去の研究論文と比較・検討する。
2.過去の研究論文を整理・紹介した後に、
自分の研究と比較し結論を導いていく。
Inter-biotecのWriting CourseにおけるDiscussion Sectionの紹介によると、日本人は2の構成をとる傾向があるようです。サイトいわく、
"Japanese authors will often approach the Discussion and Conclusions
in a very different way; first by providing all of the evidence and interpretations,
building their case to finally finish with the major conclusions. This
approach is not appropriate for Western scientific journals."
http://www.inter-biotec.com/biowc/compo/discussion.html
Dr. LeggettとInter-biotecが記述によると、日本人は徐々に徐々に核心に迫っていく論述方法を採るようですが、そうではなく核心を軸にそれに従って話を進めていくのが定石のようです。私は、これはパラグラフ1つについても言えることと考えています。英文のパラグラフは、トピックセンテンスと称される1つの文を核として、それに続く文章
がそのトピックセンテンスを肉付けするべく導入していくのが定石だからです。
こうした日本人科学者の論述方法について、Dr. Leggettは、"Never Allowed
in English"と強い語調で批判しています(*6)。これは、徐々に核心に迫っていく文章の流れは、考え方が不安定であるという、科学者としてあるまじき姿勢をさらけ出していることに他ならないからではないでしょうか(*8)。
Dr. Leggettはpsycho-analysisやanalytic philosophy(分析哲学,*9)にも通じており、彼自身、その知見が理論的なものの見方を支えていると述べています。Dr. Leggettは、彼自身の理論の捉え方の軸が揺るがないために、論文の執筆について然るべき流れを論述できたのでしょう。論文の執筆の経験を重ねていく中で、論理的な文章構成とその考え方を、より磨いて行けたら良いですね(*8)。
さて、Dr. Leggettの書いた論文の、導入部分のみを紹介させていただきました。その他、細かな用法について、よくある誤解を生んでしまう実例などが、多く紹介されています。ぜひ、物理学会のURLにアクセスして、論文に目を通してみてください。そして、日本語の文章特有のvague,
opaque, ambiguous, suspensive, diffuseな文章を避けて通りましょう。
次は、言語学者が科学論文を科学的に論述したScience of Scientific Writingを紹介したいと思います。
*1: 例)
http://www.oxfordjournals.org/our_journals/jiplp/for_authors/index.html
http://www.nature.com/msb/authors/index.html
http://www.blackwellpublishing.com/bauthor/english_language.asp
Blackwell PublishingやNatureといったPublishing Groupは、独自のInstructions for Authorsを公開しており、non-native speakers of Englishに向けた項目を設けています。
*2:
Journal Experts
・International Science Editing
・Inter-Biotec (Life Sciences)
Inter-Biotecのウェブサイトに掲載された利根川進博士の言葉
http://www.inter-biotec.com/biowc/prewrit.html
・SPI Professional Editing Services
・Write Science Right
・Cambridge Language Consultants (Life Sciences)
・GENEDITS (Life Sciences)
こうしたサービス(reviewing/teaching)は大学(Dept.)も提供しています。
http://web.mit.edu/writing/ (MIT)
http://www.fas.harvard.edu/~wricntr/ (Harvard)
http://ase.tufts.edu/wts/ (Tufts)
http://www.umass.edu/writingcenter/ (U Mass, unavailable)
*3: B.L. La Madeleine, Lost in Translation, Nature, 2007;445(25):454-455.
この論文にあるようにRIKENのBrain Sci Instは英語が主となっているようです。
*4: E. Garfield, A Citation Analyst's Perspective on Japanese Science, ISI Symposiums in Osaka and Tokyo, 1999
*5: A. J. Leggett:Notes on the Writing of Scientific English for Japanese Physicists,日本物理学会誌, 1966;21(11):790−805 日本物理学会ホームページよりダウンロード可能
*6:The Nobel Prize in Physics 2003, for pioneering contributions to the theory of superconductors and superfluids
*7: A. Crump, In praise of Japanese research, Lancet, 2005;367(9507):297
*8: F. P. Woodford, Sounder thinking through clearer writing,
1967;156(3776):743-745
*9: 武田 秀一郎, 【海外サイエンス・実況中継】 日本人の多くが想像するイメージとは大きく異なる学問 〜 哲学, 2007 Sep.