研究者の声:オピニオン



2014年10月28日更新

医療ボランティアの目的は何なのか

エボラ流行地域でエボラ患者の治療に従事した医療ボランティアの人たちが、アメリカの一部の州では、入国後に21日間の検疫(隔離)をされることになった。これは、今月23日に医療ボランティアから帰国した医師がその後エボラに感染していることが判明したからである。この医師は隔離されて治療を受けているが、症状は重いとのことである(10月26日現在)。

このような「入国直後から21日間の隔離」という措置に対して、ボランティアを派遣している団体が反発している。私は、この団体の公式発表を読んで強い違和感を覚えた。なぜなら、この発表は「エボラに感染していると確定していない人を、感染している前提で扱うのはいけない」という論調に終始しているからだ。だが私の考えは逆で、「エボラに感染しているかどうかわからない場合は、もし感染していたとしても問題ないような扱いをする」べきだと思う。そうでなければ、いたずらにエボラ・ウイルスを蔓延させてしまう。

その後、SNSやニュース記事など、英語ベースの意見/記事を読んでいると、どうも「現地で自らの危険を顧みずボランティアにあたった人たちはヒーローだ。それを犯罪者扱いするとは何事だ」というような論調が多く見られることに気がついた。また、このボランティア派遣団体への寄付の募集も今まで以上に盛んに行われているようだ。

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もちろん、エボラ流行地域でボランティアとして患者の治療にあたった人たちは確かに勇敢だ。そして、そのおかげで助かった人もいたかも知れない。そのことに疑問を呈するつもりは全くない。

ただ、そのような事情があるからと言って、エボラ感染の可能性が他の大多数の人たちに比べて段違いに高いのに、他の人たちと同じ扱いをするべきだということにはならない。当たり前のことだが、エボラ流行地域でエボラ患者の治療にあたった医療従事者というのは、アメリカに入国してくる人の中で一番エボラ感染リスクの高いグループである。事実、始めに述べたように、帰国した当該地域でボランティアをしてきた医師がエボラに感染していることがわかって隔離されている。

エボラ・ウィルスの性質を考えれば、今現在多くの国にとって、エボラ流行地域でエボラ患者の治療に従事した人を入国直後から21日間の隔離検疫をすることは、その国へのエボラ流入を防止する最も有効な手段である。

しかし、一部の医療ボランティアの人たち(や、それをサポートする人たち)に取っては、違う観点から物事を捉えているようだ。

入国直後からの21日間隔離という措置は、エボラ流行地域でエボラ治療のボランティアをしてきたという行為そのものを否定しているわけではない。単に事実として、そのような人の感染リスクが他の人に比べて非常に高いため一定期間隔離するべきだということに過ぎない。しかし、どうもボランティアをしてきた当事者たちにとっては、21日間隔離されること自体が「まるで犯罪者扱い」ということになるらしい。

本人たちは専門知識も経験もあるのだから、自分が感染している恐れがあることは当然わかっているはずだ。また、仮に自分が感染していた場合、そのまま公共の場に出たら他の多くの市民を感染の危険に晒すことになるということもわかっているはずだ。

自らの命の危険を顧みず現地へボランティアをしに行ったのは、何よりも「エボラから人々を救いたい」からではなかったのか。感染リスクの高い自分がエボラ・ウイルスを自らの国に持ち帰っていないことを確認するための処置(帰国後に21日間の隔離検疫)に対して、何故そんなに嫌悪感を示すのか。エボラ流行地域へのボランティアという国際貢献は、21日間の検疫を済ませて感染していないことを確定させるまでだということを、どうして理解できないのか。帰国後の21日間の隔離検疫という扱いを不満に思い「まるで犯罪者扱いされた」などと騒ぎ立てるのは、彼ら・彼女らのボランティアの目的が本当は「エボラから人を救うこと」ではなかったと邪推されてしまっても仕方がない。

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検疫措置に対する反対意見の根拠のひとつとして、「帰国したら犯罪者扱い(これもかなり主観的な表現だと思うが)されるようでは、ボランティアに行く気が失せる」というものがある。しかし、帰国後21日間隔離される程度のことで行く気が失せるぐらいの弱い動機なら、初めからそんな危険なボランティアになど行けないはずだろう(したがって、この言い訳じみた反対意見は詭弁だと思う)。

先述のエボラへの感染が確認され隔離されたボランティア医師のケースの後で、今度は同じくボランティアから帰国した看護師が、空港で足止めされたのち病院へ搬送された。複数の報道によれば、その看護師は暖房のないテント内で紙製の術着で一晩放置されたようだ。また、隔離措置の期限も知らされていないとして、ボランティア派遣団体があらためて反発している。

その措置が事実とすれば、確かにその扱いには問題がある。しかし、この措置が指示されてからまだ2日しか経っておらず、ガイドラインの具体的な運用には混乱があったと思われる。また、テントに暖房がなかったことや、着心地の良くない術着を着せられたことについては、なぜ本人がその場で改善の要請をしなかったのだろうかという疑問も生じる。現場で改善の要請をしたにもかかわらず改善されなかったから公に批判しているのか、それとも現場で改善の要請をせずにここぞとばかりに公に批判しているのか。それは今後の報道によって明らかになるであろうが、少なくともボランティア派遣団体の「隔離措置をしたこと」に対する批判は的外れだと思う。

ボランティアをする個々人の考えは必ずしも同一とは限らないし、それぞれに違う意見があるのは当然であろう。しかし、世界的にも有名で種々の国々にボランティアを国際派遣している団体が、エボラのような危険なウイルスが蔓延している国から戻ってきた人間に対しても、検疫してはならないと公式に表明している事実は恐ろしい。そのような団体は、冷静に建設的な議論ができないアブナイ集まりだという印象を世の中に与えかねない。

英語圏でのネットの意見は当初、先述のような「彼らはヒーローなんだから犯罪者扱いするな」というような感情的なものが多く愕然とした(ただし日本語で書かれた意見は、私の考えに近いものが多かった)。ただ、中には理性的に意見を述べている人もいた。例えば、あるアメリカの国会議員は、「エボラ治療のボランティアに行くほど勇敢なら、21日間の検疫だって受け入れられるはず。国際貢献とアメリカを守ることの両方をしてください」と述べている。また現在では、英語圏でのネット上でも、21日間の検疫を義務づけることに賛成する意見が増えてきている。

危険な地域に国際貢献にいくボランティアの方々には頭が下がる思いだが、だからといって彼ら/彼女らが、現在平和に暮らしている人達を危険に陥れてもよいということにはならない。今回の件は、国際ボランティアのあり方を再び考え直す良い機会になるのではないだろうか。また、このようなときだからこそ、科学的かつ理論的に議論が行われることが望まれる。一時の感情に身をまかせ世界を危機に陥れることだけはないようにしてもらいたい、と言っては国際貢献をしている人に失礼なのだろうか。


執筆者:K.I.


*このオピニオンで触れた看護師のその後に関して、追記を更新しました。

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