研究者の声:オピニオン



2014年11月2日更新

「オピニオン:医療ボランティアの目的は何なのか」の追記

*この内容は、2014年10月28日に掲載された「オピニオン:医療ボランティアの目的は何なのか」の追記です。国際医療ボランティアとしてエボラ流行地域に訪問して米国に戻ってきた看護師について論じています。

米国の報道機関によると、ニュージャージー州の空港でエボラ感染を疑われ検疫隔離された看護師は、その後に交際している男性の車で自宅のあるメイン州まで戻った。当初は、その男性のアパートに滞在するつもりであったようだが、実際にはメイン州の自宅に滞在することになったようである(http://www.wcsh6.com/story/news/health/2014/10/27/kaci-hickox-nurse-heading-to-maine/18009537/)。

なお、米国入国後の2日間の検疫隔離から解放された看護師は、その後に基本的人権の侵害で訴訟を起こすと発言している。(実際に訴訟を起こすかどうかは未定のようだ)

ちなみに、交際している男性は看護大学生であるが、この看護師と接触したため、同じ大学の多くの学生から既に懸念の声が出ている。早くも、この男性も検疫下におかれるのかどうかの質問が大学側に寄せられている。学長も「彼女の活動は素晴らしいが、我々は学生と職員の安全を守るためにあらゆる予防措置を取る責任がある」と述べた。色々な意見があるとは思うが、私自身は、このような大学および周囲の人たちの反応が普通だと思う。

その後、件の看護師は自宅での検疫の命令に従うつもりはないことが報じられた(http://www.nbcnews.com/storyline/ebola-virus-outbreak/nurse-kaci-hickox-doesnt-intend-obey-maine-ebola-quarantine-report-n236116)。しかし、メイン州の保健福祉省長官は、自宅検疫の対象者が従わない場合は法的措置も辞さないと述べている。(そのようなことにならないで欲しいと願っている、とも述べている)

さらに、この看護師は「10月30日朝までは自宅で過ごすが、それ以降は自宅に籠りきりでいるつもりはなく、州が自宅検疫の命令を解除しなければ訴訟を起こす」と述べた。そして実際に、10月30日と31日には、この看護師は交際している男性と一緒にサイクリングに出かけた。ちなみに、この期間、州当局との間では看護師への対応に関して妥協点が探られていたようである(http://abcnews.go.com/Health/wireStory/showdown-imminent-nurses-quarantine-maine-26563341)。

しかし10月31日、メイン州の裁判所は、この看護師は現在症状が出ておらず、他者を感染させるリスクはないとして、州当局による行動制限の強制執行の申し立てを退けた(http://www.foxnews.com/politics/2014/10/31/maine-judge-orders-ebola-nurse-to-stay-away-from-public-gatherings-maintain-3/)。これにより、件の看護師の検疫隔離に関しては、一応の決着が着いたようだ。

ちなみに、この看護師は帰国時の隔離措置についてメディアに手記を寄せている(http://www.dallasnews.com/ebola/headlines/20141025-uta-grad-isolated-at-new-jersey-hospital-as-part-of-ebola-quarantine.ece)。

この手記を読むと、「犯罪者扱いをされた」とか「私が何を悪いことをしたのだろう」とかひたすら主観的に「酷い扱い受けた」と看護師が主張し続けていることがわかる。この中でも、この看護師の基本的な考え方を如実に示している以下の部分は特筆すべきものがある。

“I had tried to help when much of the world has looked on and done nothing.”
(みんな何もせずに見てるだけだった時に私は助けようと頑張ったのに。)

確かに彼女は現地で辛い経験をしただろうし、非常に意義のある活動をしてきただろうことは事実である。そして、それは賞賛されるべきであるとも思う。しかし、それと帰国時の検疫の必要性の有無は別の話である。検疫は感染リスクに応じて決定されるべきだ。(ただし、検疫の方法を見直す必要はあるだろう)

彼女のような帰国したボランティアの人がきちんと検疫に応じていればその活動は問題なく称えられただろうに、逆に「人権侵害!英雄に対して失敬な!」と騒いだばっかりにむしろ一般の人からの支持は低下してしまった。また、このような医療ボランティアを派遣している団体までもが、感染陰性が確定していない人物を検疫なしで国に戻しうる団体であるという認識を持たれることになってしまった。

ちなみに、この医療ボランティア派遣団体はこれまでに500人以上のスタッフを現地に派遣してきた。そして、現地では3000人ほどのスタッフを採用して治療にあたってきた。

この3500人のうちこれまでに23人が感染している(2014年10月20日現在)。その率は0.66%であり、感染した23人のうち13人は死亡した。エボラの致死率は50%-90%と言われているが、「現地でエボラ治療のボランティアをした人のうち0.66%(約150人に1人)は、致死率が最低でも50%の危険な感染症にかかっている」ということになる。これは非常に高い数字だ。

エボラ出血熱は現時点で治療法がなく、また仮に治癒しても重篤な後遺症が残るケースが多い。そのため、検疫隔離の安全マージンは大きめに取ることが望ましい(感染リスクは出来るだけ避ける方が望ましい)。そのため、感染している割合が高い人を潜伏期間が過ぎるまで隔離することは、人類を危機に陥れうる感染症を広めないために極めて妥当だと思う。(もちろん、隔離対象の人の苦痛・不便を軽減するために、隔離環境には十分に配慮する必要がある)

国際医療ボランティアをしている個人・団体には頭が下がる思いだが、彼ら彼女らの目的が「英雄として賞賛される」ということになってしまわないことを願っている


執筆者:K.I.

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