研究者のためのライフハック的思考術



第5回(更新日:2013年11月18日)

捨てることで何かが見えてくる?ー“掃除”というライフハックー

全8回の予定でお送りしている「研究者のためのライフハック的思考術」です。この連載では、ライフハック(人生/仕事を効率化する)という考え方がどのように研究者のキャリア構築に活用できるかを考えています。

第5回目となる今回は「朝30分の掃除から儲かる会社に変わる(小山昇著)」という書籍を紹介します。この本はビジネス書/自己啓発書に分類されるものですが、研究者にも役立つライフハック的なノウハウが多く含まれています。この本の著者は中小企業を経営している人で、自身の経験をもとに企業経営/人材育成における「掃除(=環境整備=柱となる経営戦略)」の重要性を説いています。

それでは、筆者の主張する掃除(環境整備)が、どのように私たちのような研究者の役に立つかを見ていきましょう。

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1.狭い範囲を徹底的に掃除する
著者の会社での毎朝の掃除では、全社員が各自に割り当てられた場所(新聞紙一枚程度の狭いスペース)を掃除することになっています。著者は、狭い範囲を毎日徹底的に掃除するということで、細かな汚れにも気づくことの出来る目を養うと説明しています。そして、そのような「磨かれた感性」を身につけることで、今まで見えてこなかったものが見えるようになると述べています。

いささか論理に飛躍が見受けられますが、優秀な研究者と並の研究者では同じインプットから全く異なるアウトプットを出すことが珍しくありません。その違いが「感性」と呼ばれるものから来るのであれば、毎日30分間の掃除を行う(狭い範囲を徹底的に)というのは悪くない投資かもしれません。仮に感性が磨かれなかったとしても、掃除した場所がきれいになるのは事実ですから。

2.小さな範囲でもいいので一番になる
著者の会社は、全社員が毎朝30分間の掃除をすることで「掃除で一番の会社」になったようです。そのことで、社員の質が見違えるように良くなり、周囲からの見る目も変わってきたと述べています。筆者は「お客様は一番のものしか覚えてくれない」と繰り返し強調しており、一番になることの重要性を強く説いています。その例えに使われたものは、日本で一番高い山は富士山だが二番目に高い山が北岳であることを知っているのは登山好きを除けばほとんどいない、というものです。

現在は研究者が飽和している時代です。その中で我々が研究者として生き抜いていくには、自分が一番であると主張できる何かを持つ必要があるのではないでしょうか。逆に言えば、研究の世界で失敗する近道は二番手以降に甘んじようとすることなのかもしれません。

3.捨てる
筆者は掃除(環境整備)を行う際の注意点として、ひたすらに捨てることも強調しています。使うかもしれない、いずれは必要になってくるはずだ、といった書類などは徹底的に捨ててしまうべきだとしています。仮に、捨てた後で捨てなければよかったと気づいたとしても、その重要性は捨てなければ気づかなかったのだから良しと考えるべきと説明しています。そして、仮に捨てたしても再入手が不可能なものは少ないので必要ならば再び集めれば良いとも述べています。

また著者は、不必要なものを捨てずにとっておくと、本当に必要なものを保管するスペースがなくなるというデメリットも強調しています。このことは、物理的なスペースのことだけを言っているわけではなさそうです。現在は常に情報が洪水のように頭に入り込んでくる状況です。そして、その大部分は不必要なものです。研究者にとって必要な仕事は頭を使って考えることです。そのため、不必要なものを頭に入れ続けておくことは、研究者としての仕事の効率を大きく落とすことにも繋がります。

さらに、「捨てる」ということは別の言葉を使えば「選択と集中」です。研究者の中には、自分は○○個のプロジェクトを同時に進めているんだと自慢している人が時々います。しかし、そういう人は得てして全てのプロジェクトが中途半端なままです。先に述べたように、現在の状況では、研究者は“何か”で一番になることでしか生き抜いていけません。そのため、自分が持っているプロジェクトを「捨てる」ことも時には大事なことなのかもしれません。

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以上、掃除に着目したビジネス書から、研究者に役立ちそうなポイントを3つほど拾い上げてみました。一般に、掃除の効果を主張しているものは「掃除=人間の中身もきれいになる」といった体育会系的発想や「風水」といった非科学的な説明が主流です。本書でも、そのような角度からの説明は多少は含まれています。しかし、全体を通じてみると、本書は「掃除=環境整備=柱となる経営戦略」として、具体例を挙げて掃除の効果を示していました。

最後に、本書で特筆すべき点をもう一つだけ触れておきます。それは、掃除(環境整備)の本質は、仕事をやりやすくするための「環境」を「整えて」仕事に「備える」ことにあるという点です。掃除が大事だと言っても、文字通りの掃除(きれいにする)だけでは不十分だと言うことです。実際に著者は、掃除だけしていて潰れた会社を見てきたようです。そのため、何のために掃除(環境整備)をするかを考えておかないと掃除の効果は少ないとしています。この点は本連載の第一回目で示したように、ライフハックを活用するためには自分が何を成し遂げたいかを理解しないといけないということにも通じます。

さて、3回連続でライフハック的な書籍を紹介してきました。次回は少し趣向を変えて、研究者として自分を売り込むためのインターネットの活用法について考えていこうと思います。お楽しみに。


本記事は2010年~2011年に北米東海岸の研究者ネットワークJaRANのメールマガジンで連載されていた記事を転載したもので、記載してある内容は連載当時の情報となります。

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