Nature/Scienceのニュース記事から
Tweet第39回(2012年10月11日更新)
細胞分化の巻き戻しにノーベル医学生理学賞
細胞を胎生状態にリプログラムできるという発見により、幹細胞研究者であるJohn Gurdon博士と山中伸弥博士がノーベル医学生理学賞を受賞した。
リプログラムされた細胞は多能性、すなわち様々な種類の成熟した細胞へと分化する能力を取り戻す。この方法で作製された細胞はいずれ再生医療に使われるようになるだろうと信じられている。
イギリス・ケンブリッジのGurdon InstituteのGurdon博士は、細胞をリプログラムできることを50年前に初めして示した。当時、細胞の分化は一方向にしか進まず、巻き戻すことはできないと多くの研究者は信じていた。Gurdon博士は、カエルの卵細胞から核を取り除き、かわりにオタマジャクシの腸管細胞の核を移植したところ、細胞時計が巻き戻された。オタマジャクシの核は既に分化していたにも関わらず、まるで卵細胞の核であるかのように振る舞い、卵細胞は通常と同様にオタマジャクシへと育った。
Gurdon博士は、この研究をした当時はイギリス・オックスフォード大学の大学院生だった。彼は1960年に博士号を取得し、California Institute of Technologyに移ってポスドクを始めたが、カエルはそのまま残して行った。それらのカエルが正常に発達することを2年間確認してから論文発表した。しかし、この論文に対しては多くの懐疑的な声があった。
核移植によるクローン作製というプロセスがほ乳類の細胞でも起きうるということは、なかなか証明されなかった。初めてクローンほ乳類の羊ドリーが生まれたのは、35年後の1996年であった。ドリーは、277回の試行でたった1匹生まれたクローン動物で、ほ乳類のクローンはまだまだ当たりの少ない事例にすぎなかった。
研究者たちは、このシステムの効率を上げたくて躍起になっていたし、何とかして背後にある分子メカニズムを知りたがっていた。ここで山中伸弥博士が登場した。Gurdon博士が先述の論文を発表した年に生まれた山中博士は、マウスの培養細胞を使って、胎生細胞を未分化な状態に保っている遺伝子を同定し、これらの遺伝子が成熟した細胞をリプログラムして多能性を持たせることができるかどうかを調べた。
2000年代半ばには、幹細胞研究者たちのコミュニティーでは山中博士がもうすぐ大きな発表をするということはよく知られていた。2006年のKeystone Symposiumで山中博士がデータを発表した時には、まだどの遺伝子が鍵となっているのかまでは明かされなかったが、皆その魔法の遺伝子が何なのか賭けたりしていた。
数ヶ月後、トロントで行われた国際幹細胞研究学会の2006年総会では、山中博士の講演会場は満席だった。聴衆は、静まりかえって彼の魔法のレシピの発表を待った。その魔法のレシピとは、繊維芽細胞を多能性幹細胞へと戻すにはたった4つの遺伝子を活性化させれば充分であるという驚くほどシンプルなものであった。このような人工多能性幹細胞(iPS cells)は、その後、神経や心臓などの様々な成熟細胞へと誘導することができた。
Gurdon博士は来年80歳になるが、カエルでのリプログラムの分子メカニズムについての研究を今も続けている。そのモップのような垂れた髪と皮肉を含んだユーモアセンスで、彼は仲間たちから典型的イギリス紳士だと見なされており、フレンドリーな雰囲気の研究所を運営している。
Gurdon博士は時々、自分の名前のついた研究所を持つなどという名誉なことは、普通は死んだ後に起きるものだ、というような、仲間たちが微笑むことしかできないことを言ったりする。彼はとてもアクティブな研究者だ、と、研究所の仲間たちは言う。
ちょうど50歳になったばかりの山中博士も、同じように仲間たちに評判が良く、こぎれいな服装をしていて礼儀正しく、几帳面だと言われている。ノーベル財団のインタビューで彼は、ノーベル賞受賞を知らせる電話を受けたときはちょうど家の掃除をしていたと語っている(後に、洗濯機を修理しようとしていたときだったと訂正された)。
山中博士の研究は日本政府から多額の支援を得ている(4年間で50億円という巨額の研究費を取得したのは、話題となったCellの論文が発表された3年後のことで、その前には2003年に、5年間で3億円の研究費を得ていた)。政府はさらに、幹細胞バンクの臨床応用を支援することも決めている。山中博士は最初は外科医だったが、彼曰く「向いていなかったので、基礎研究に移ることにした。それでも私は医師であるように思う。私の人生の目標は、幹細胞技術を臨床応用にまで持って行くことだ」とのことである。
両者とも、彼らの発見を再生医療へと応用するにはさらにまた時間がかかるとわかっている。「だから基礎研究をサポートすることが重要なのだ。実際の治療上 のメリットに至るには、最初の発見から長い時間がかかることが多い」とGurdon博士はノーベル財団に語った。
http://www.nature.com/news/cell-rewind-wins-medicine-nobel-1.11553