Nature/Scienceのニュース記事から
Tweet第80回(2015年1月16日更新)
MRSAにも効く抗生物質が発見される!
抗生物質とは、細菌によって産生され、他の細菌を殺すか増殖を阻害する物質である。昨今、細菌が抗生物質に対する耐性を獲得し、抗生物質の効かない細菌が生まれ、問題になっている。このような薬剤耐性菌の代表的なものが、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA) である。以前このコーナーでも触れたように(参考:第66回)、WHOは、ありふれた感染症や軽い外傷で人が命を落とす「ポスト抗生物質時代」が今世紀に始まるだろうと予測している。
ところがこのほど、MRSAのような薬剤耐性菌に対しても効力を持つ新しい抗生物質teixobactinが土壌中の細菌から発見された。このteixobactinに対しては細菌が薬剤耐性を獲得しにくいだろうという予測もされており、ヒトと細菌との戦いにおいて大きな前進となるだろう。
さらに、teixobactinが発見された方法も注目に値する。多くの細菌は、ペトリディッシュで培養するのが難しい。今回teixobactinを発見した研究者たちは、もともと新規の抗生物質を探索していたわけではなく、培養困難な細菌を培養する方法を開発している中で、teixobactinを産生する細菌 (Eleftheria terrae) を発見したのである。
20世紀中頃に、抗生物質の探索が盛んに行われた時代があった。これまでに広く使用されてきた抗生物質の多くは、その頃に発見されたものである。しかし当時は、先述のE. terraeのような、培養困難な多くの細菌は見落とされた。なぜなら、細菌が産生する抗生物質を発見するためにはその細菌を培養する必要があるからである。やがて、新規抗生物質発見のためのスクリーニングを行っても既に見つかっているものや類似の骨格を持つ化合物ばかりが繰り返し拾われるようになり、製薬会社による抗生物質探索の黄金時代は終結した。さらに、先述のような薬剤耐性の獲得により抗生物質の寿命が短縮され、 製薬企業にとってビジネス上のメリットが低下したことも、新規抗生物質の開発を鈍化させる要因となった。
E. terraeを含む培養困難な細菌は「ダーク・マター」と総称される。培養困難な細菌を培養可能にするために考案されたのが、iChipというデバイスだ。土壌から採取した個々の細菌細胞をiChip上の1つずつ仕切られたウェルに入れて土の中に戻すと、土壌中の物質がiChipの中に向かって拡散するため、細菌はより自然に近い環境で生存することができる。通常のペトリディッシュでは土壌中の微生物のうち1%程度しか生存できないが、iChipを使えばその割合は50%に跳ね上がるという。
こうして培養された1万種類の細菌からの抽出物の中に、黄色ブドウ球菌の増殖を止める性質のあるものがないか調べたところ、25種の抗生物質が発見された。その中でもteixobactinが最も有望だという。Teixobactinはグラム陽性菌には効力を発揮するが、グラム陰性菌には効かない。Teixobactinは細胞壁に存在する脂質を標的としているが、グラム陰性菌は細胞壁の外側に膜を持っているため、teixobactinが標的である脂質にアクセスできない。一方、グラム陽性菌は細胞壁の外側に膜を持たないため、teixobactinが標的である脂質に容易にアクセスできる。
このteixobactinは、薬剤耐性が形成されにくいであろうことも魅力である。従来の抗生物質はほとんどが細菌の表面にあるタンパク質を標的にしていたので、細菌はそういったタンパク質のアミノ酸配列を突然変異によって変化させて比較的容易に薬剤耐性を獲得してきた。ところがteixobactinは、細胞壁に存在する脂質を標的としている。脂質は体内で有機前駆体から合成されるものであり、タンパク質のアミノ酸配列と違ってそう簡単に変化するとは考えにくいため、teixobactinに対する薬剤耐性は形成されにくいと考えられる。
これまでに開発された抗生物質の中で vancomycinはteixobactin同様に脂質を標的としているが、発見されてから耐性菌が現れるまでに実に40年もかかった。Vancomycinを産生する細菌がvancomycinから自身を守るために備えている自己耐性が、遺伝子の水平移動により別の種類の細菌へと移ったことにより、耐性菌が現れた。一方teixobactinの産生菌 E. terraeは先述のように、グラム陰性菌という、細胞壁の外側に膜を持つ細菌であるため、vancomycin産生菌のような特別な自己耐性機構を持たずとも、自身が産生するteixobactinから守られている。そのため、vancomycinのような自己耐性の伝播は起こらないだろうと考えられる。
このように、Teixobactinは非常に有望な抗生物質であるが、実際に臨床でも使用できるかはこれから確認する必要がある。ただし、仮に毒性や薬物動態等の何らかの理由でteixobactinが臨床で使用できなかったとしても、今回見つかった他の抗生物質の中に他にも有望なものがあるかも知れない。さらに、teixobactinの発見に使用されたiChipを使ってさらに多くの細菌を培養すれば、追加で新規の抗生物質を発見することも可能となるだろう。そういった意味で、今回の発見はこれまで停滞していた新規抗生物質の開発に希望をもたらすものである。
http://www.nature.com/news/promising-antibiotic-discovered-in-microbial-dark-matter-1.16675
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature14193.html#close