研究者の声:オピニオン



2012年2月5日更新

研究の報道について(3ページ目/全4ページ)

最近の研究から

 では、1つの研究の報道を着目することにより、ウェブ上で読むニュースの特徴を抽出し、それについて考察したいと思います。そして、日米の違いを述べ、報道の実際と、注意するとよい点を挙げたいと思います。事例として7月に報告されたカロリー制限の研究について紹介します。 RJ Coleman et al, Caloric Restriction Delays Disease Onset and Mortality in Rhesus Monkeys, Science, 2009;325(5937):201-204

 Scienceという非常に有名な学術雑誌に報告されたこの論文には、ダイエットに関する研究でありながら栄養学的な情報はほとんど掲載されていないという特徴があります。栄養学的な特徴については、過去の論文を参照にしなければなりません。 JJ Ramsey et al., Dietary restriction and aging in rhesus monkeys: the University of Wisconsin study, Exp Gerontol, 2000;35:1131

 その過去の論文を読むと、一般の人々が食するものとしては現実味の乏しいダイエットであることがわかります。そのことについて2009年8月22日のJaRAN分科会(糖尿病の勉強会)においても紹介しましたが、ここではその栄養学的な話を抑えつつ、ウェブでの報道について述べたいと思います。

 多くのウェブサイトがこの研究の報道しました。http://evooqu.notlong.com (記事への直接のリンクは著作権の関係でできませんのでこうした検索サイトにリンクする形をとりました。以下、通常のサイトの紹介については、直接のリンクではなくドメインのみの紹介とさせていただきます。)

 (日本の記事は、ほとんど削除されておりアクセスできず、簡単に紹介できないので、恐縮ですが、)次の点でアメリカの記事は日本のものと比べて顕著に異なります。

1.記事が長い
2.基本的な情報が掲載されている
3.リンクが豊富
4.別の研究の成果も記載されている
5.複数の研究者のコメントが掲載されている
6.研究の問題点が記載されている
7.専門家(医師や研究者など)のレビューが行われている

 記事によって一長一短があり、この7つの点、すべてが抑えられているわけではありませんが、こうした特徴はよく見受けられます。こうした記事の内容については、系統的なレビューがあればと思いますが、私の知る限りありません。

 この研究について、解釈が逸脱しないような報道をするならば、(i)カロリー制限しながらも実は栄養価が高いこと、(ii)脂質の摂取がエネルギー寄与率にして10%ほどしかなく(通常20〜45%)高炭水化物食であること(エネルギー寄与率にして65%ほど)、(iii)生まれた頃からではなくアカゲザルの寿命の3分の1ほど過ぎたあたりからカロリー制限を施していること、ということを研究の特徴として述べ、さらに、(iv)マウスや線虫の研究、(v)ヒトの研究の実際、(vi)比較対照の群のダイエットは欧米人の一般の食事にどれほど近いか、という点に触れると良いと私は思っています。

 New York Times(http://www.nytimes.com/)の7月10日の記事では、栄養価については詳しく書かれておらず、カロリーが低く抑えられたことのみ触れられています。しかし、研究の問題点として死因に関する考察が欠けている点について、University of TexasとMITの専門家からのコメントが掲載され、いささか客観的な判断を可能にしています。また長寿に貢献するという仮説のある薬(ラパマイシン)に関する同時期の研究についても掲載しており、リンク等を含め、現行の科学について紹介している記事といえるでしょう。MSNBC (Microsoft National Broadcasting Company, http://www.msnbc.msn.com/)の7月9日の記事では、研究のデザインと上記の栄養価に関する問題点にも触れ、National Institute of Agingの研究者からの客観的なコメントが寄せられており、NY Timesと記事の内容としては似ています。他の記事についても、多少のばらつきはありますが似通ったアウトラインとなっています。

 近年のダイエットに関する議論を踏まえると、栄養学的な記述について疑問に思うところもありますが、研究が一人歩きしないような配慮がされ、同分野の専門家からのコメントを含んでいることはメディアの役割としては良いのではないでしょうか。さらにScienceの発刊は7月9日ですので、日をほとんど違えず、こうした内容で報道されたのは素晴らしいことだと思います。

 日本のウェブ上の記事はほとんど残っておりませんが、朝日新聞社の7月13日の記事は確認することができます(http://www.asahi.com/)。その記事では、研究のデザインが掲載され、ある老年医学の専門家がコメントを寄せていますが、他にどういった研究があるのか、研究の問題点など具体的な要点について、アメリカの記事の詳細さには及んでいません。しかし、日本の新しい研究に関する記事において、専門家のコメントが掲載されたのは非常に珍しいので、その点については評価できることのように思います。

 この研究の記事に関する日本の記事について多くを紹介できるわけではなく、申し訳ないのですが、一般的な日本の健康に関する報道について述べたいと思います。

 残念ながら、日本における栄養学や疫学に関する報道について、同分野の専門家から客観的なコメントが掲載されることは残念ながらほとんどありません。研究を実施した研究者のコメントは頻繁に掲載されますが、その分、客観性に欠けるものが多いのが実際です。そんな流れと相関して、研究の問題点など、客観的な評価に相当する内容について掲載されることはありません。

 さらに、同じ領域の研究で、他にどういった研究があるのか、現行の科学ではどのようなものがあるのか・・といった情報は皆無に等しく、研究の報道が一人歩きするばかりです。従って、たとえば、2週間を隔ててまったく相反した内容の2つの報道が、比較されることなく紹介されることなどもよくあります。関心が高く科学的に行間を読む読解力のない読者にとっては迷惑な状況といえるでしょう。

 そして、報道の発端として、日米には大きな違いがあります。アメリカでメディアにカバーされる記事は、厳格なレビューのプロセスを経た論文が主ですが、日本の場合は大学などの研究機関の広報が報道を促したものもあります。したがって客観的なレビューがまともに成されていない研究でも、有力な学術雑誌に厳しいレビューを経て報告された研究と同列の扱いで報道されることもあります。

 本来なら、系統立てて複数の検索サイトで、決まったキーワードで検索すべきなのですが、健康に関する報道記事を眺めていると、日米の健康の情報を扱う基盤が、そもそも違うという印象を抱きます。それは、日本人の健康への関心の高さを考えると不思議なことです。

 たとえば、日米の報道関係のウェブサイトの特徴を1つとして、日本の大手の報道サイトには、「科学」や「サイエンス」という項目は設けられておりますが、「健康」という項目はありません。しかし、欧米の報道関係のサイトでは、Healthという項目が決まってあります。CNNのアメリカのサイトには、Healthという項目がありますが、日本のものにはありません(http://www.cnn.com/ http://www.cnn.co.jp/)。Googleでも同様です(http://news.google.com/ http://news.google.co.jp/)。

 研究の質が悪い論文でも、その問題が明るみにされることなく報道されるのがいまの日本の状況です。私はそれを脅威と感じているのですが、その状況を改善する仕組みが、アメリカやイギリスの報道にはあります。

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